たいやき姫のひとり旅

アニメ感想など…

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 6話 『「どこかの星空の下で」』

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感想・考察

ユースティティア天文台 シャヘル天文本部

下界から隔離された天界

今回の出張先は、ケーブルカーで登った先の山頂のシャヘル天文本部。宇宙と雲海の間で天体を観測し、天体関連蔵書多数の図書館を併設。そこで働く者は男ばかり。ドールたちの到着に沸き立つ写本係の姿がそれを表している。

ここは、男ばかりで恋愛も無く、下界の賑わいからも離れた、研究に集中できる場所。世捨て人には好都合な場所という意味があったと思う。

天文学的な悠久の時間

天文台が舞台になったのは、もう一つ意味があると思う。

星空というのはいつの時代も変わらない。永遠の時間。そして壮大な時間の周期。

200年周期で訪れるアリー彗星も、400年前のアリー彗星の文献のように、記された情報が未来永劫受け継がれる書物も永遠の時間を感じさせる。

別れてしまって二度と会えない人は、その人の心の中にその時の姿かたちで生き続けるのも、無限の時間だと思う。

そうした大らかすぎる時間軸の中で、リオンとヴァイオレット、そして二人とアリー彗星は、偶然の一瞬の巡りあわせで輝いた。

壮大な時間の中の、一瞬のきらめき。それを描くのにふさわしい場所と思えた。

リオン・ステファノティス

生い立ち

父親は、シャヘルの文献収集係だったが、様々な地方に赴き途中で消息不明となった。元旅芸人だった母親は、偶然出会った父親と恋に落ちて結婚した。

しかし、父親が行方不明になり捜索が打ち切られた2年後に、父親を捜しに旅に出て、母親もまた消息不明になった。

母親は息子と父親を天秤にかけ、父親を追いかけてしまった。

母親に見捨てられた思いから、母親に対する憎悪を抱えて、人を狂わせる恋愛そのものを嫌ってしまう。

そして、人との関りを拒み、山の上のシャヘル天文本部に籠る生活を選んだ。

本人の性根の部分にあるのだろう、その突っかかった物言いに、周囲と衝突する事も合ったのだろう。ここでも陰口を叩かれ、その事にも慣れていた。そうして、長い時間ここで生きてきた。

ヴァイオレットへの恋心と寂しさについて

到着したドールに苛立ちを見せたリオン。恋愛への嫌悪感からかチャラチャラした女性っぽい女性が気に入らないという、ガキっぽさが出ていた。

そんな中でペアを組んだヴァイオレットは、そうした女々しさを全く感じさせず、いつも寂しげな表情をしている。仕事は優秀、孤児として育ったという共通点もあり、しだいに惹かれ始め、一気に恋をしてしまう。

デートに誘いアリー彗星を二人で見ながら語るシーン。

リオンというのは母親に捨てられ恋愛を嫌い一人で生きる「寂しさ」を抱えていた。

しかし、ヴァイオレットは最愛のギルベルト少佐を想い続けて、ずっと会えずにいる「寂しさ」を抱えていた。

リオンの問いかけに、自動手記人形という仕事や依頼人よりも、ギルベルト少佐が大切であり、命にかけても愛を貫く姿勢という回答を聞き、リオンは完全に片思いからの失恋を理解した。

同じ「寂しさ」でも恋愛をしない「寂しさ」と恋愛をしているからの「寂しさ」は質が違う。

好きになったヴァイオレットの「寂しさ」に母親の姿を垣間見て、母親を許せるようになったのかも知れない。また、自分の「寂しさ」の中に母親への愛が存在していた事に気付いてしまったのかも知れない。

天界の引きこもり→下界の移動生活

ヴァイオレットと別れる日、ケーブルカーの駅で、文献収集係になり大陸中を移動する決意を表明するリオン。

ヴァイオレットも父親も母親も常に移動を伴う仕事をしていた。リオンは今までの嫌悪して逃げる生活から、180度方針転換して、旅をして出会いを求めるエモーショナルな生活をする事を宣言した。旅を選んだのはは遺伝的なものだったのだろう。

引きこもる(=受動的)から移動する(=能動的)というリオンの心境の変化は、自分自身も片思いという恋愛を経験し、素敵な家族、素敵な恋人、出会いを能動的に行う、という意思表明。

もう少し突っ込んで言えば、もう一度、ヴァイオレットに会いたい、という未練がましい気持ちも多少含まれていたと思う。

ヴァイオレットがケーブルカーで離れて行く姿を見届け、失恋を爽やかに受け入れるリオン。

今回もなかなかに奇麗な物語だった。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

5話Cパートとの繋がり

シャヘル天文本部に到着したとき、ルクリアから具合を心配されたのは、5話のラストのディートフリート大佐の再会が原因なのだろうか?

普通に考えたらあの台詞で会話が終わるはずもなく、ギルベルト少佐の事や何やら会話しててもおかしくないわけで、その負の感情を浴びせつけられて、ヴァイオレットが沈んでいたという事なのかも知れない、などと妄想。

今回は殊更に「寂しさ」を強調された回だったと思うので、このエピソードの並びは作為的なのかも知れない。

様々な代筆を経験し「とても特別で素晴らしい事だと思えるようになりました」という台詞。人と人を言葉でつなぐという手紙が起こす奇跡。3話のローダンセ教官の教訓が染みついて、成功体験を繰り返してきたヴァイオレットの想いが息づいている。

しかし、その直後の「果たして私はそのような素晴らしい仕事にふさわしいのでしょうか?」という台詞。これは、ディートフリート大佐がヴァイオレットに何かを言った事を受けての迷いなのだろうと想像。

人を殺傷してきた過去を持ちながら、人を結ぶ仕事に喜びを覚える。いつか、この迷いにも結論を出さなければいけない。

ルクリアとの再会

ルクリアの活躍が殆どなかったのは、少し残念なところ。

ヴァイオレットのお昼休みも一人ぼっちで過ごしていたりせずに、ルクリアと一緒に食べるシチュエーションもあったとは思うのだが、今回の話がリオンとヴァイオレットの孤独、寂しさにフォーカスしているため、ルクリアの活躍が無いのだと想像。

話の全体のバランスから考えると、致し方ない。

「孤独」「寂しさ」

振り返ってみると、今回のポイントは「孤独」「寂しさ」だと思った。

似たもの同士と思われた二人も、恋愛に関しては全く似ていなかった。

ギルベルト少佐の事を想い、寂しさを募らせるヴァイオレット。

恋愛嫌い、ひいては人間嫌いで孤独なリオン。

この二人の今回の等価交換。

ヴァイオレットはこの感情が「寂しさ」という事を教えてもらい、リオンはヴァイオレットに恋をして恋愛の力と良さを知った。

Twitterのつぶやき

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 5話 『「人を結ぶ手紙を書くのか?」』

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感想・考察

シャーロッテ姫

14歳で隣国に嫁ぐことになる一国の姫君。

登場シーンでは、行儀が悪く、泣き虫で、子供っぽさが強調されていた。

10歳の誕生パーティーのシーンでも姫君という公の立場に縛られ、一個人としての自分は存在していないような扱いである事が描かれてきた。その一個人のアイデンティティを認めてくれたのが4年前のダミアン王子で、その事はずっと心の中に大切な事として秘めてきた。

ところで、自称「泣き虫」のシャーロッテ姫は5回泣いている。どの涙も違う涙なのが凄い。

  • ダミアン王子の公開恋文の返事がドールの代筆で公的で上っ面なやり取りが不満で、すねて泣いた。
  • 10歳の誕生日の時、、月夜の庭園で、個人がないがしろにされ、寂しさで泣いた。
  • ヴァイオレットにダミアン王子の本心を知りたいと叶わぬ思いに泣いた。
  • ダミアン王子のプロポーズに嬉しくて泣いた。
  • 婚礼の日アルベルタとの別れに寂しさ泣いた。

シャーロッテ姫はむくれたり癇癪を起したりムキになったり泣いたり笑ったり。子供っぽさ女の子っぽさが炸裂してた。京アニさんありがとう。

とにかく、5話の可愛いを全部独り占めしてたのが印象的なキャラだった。中島愛さんの声と演技も凄くマッチしてた。

シャーロッテ姫とダミアン王子

10歳の時に一度だけ合ったきり。その時に一目ぼれしたシャーロット姫。

4年後、公開恋文を始めた事でダミアン王子に近づけると思いきや、シャーロット姫はここでも「代筆の返信」で公開恋文が公的儀式であり、ダミアン王子の想いに触れられるはずもなく、私的な自分がないがしろにされている事を感じた。相手の気持ちを知りたいと強く願うが、それは叶わない事と納得してしまっていた。

ヴァイオレットの振舞により、自分自身が手紙をぶつけて相手とありのままの気持ちをぶつけあい、4年間停滞して片思いが文通という形で相互の気持ちのやり取りが出来て、文通で恋愛をして、恋愛を成就させた所が面白い。

ダミアン王子の文通のフリは、自分を下げて相手にふさわしくないかも知れない、という切り口で、それに対し、ありのままを受け入れてくれるそのままの人で好きとシャーロッテ姫に返事させる恋の駆け引きテクニックが凄い。(エンターテインメントだから上手くゆくのかも知れないけど)

この文通により縁談が破局すれば、南北情勢的にも悪化する懸念があるという一大事な状況なのだが、そんな背景に気後れする事も無く、自らの想いを書き綴る二人の姿に、国民達もさぞかしハラハラドキドキしつつ、大いに共感したのだろう。

最終的に二人の愛は結ばれた。婚礼の日、街中に溢れる喜びが二人を盛大に祝福していた。

アルベルタとシャーロッテ姫

アルベルタはもう一人の主役。

宮廷女官としてのシャーロット姫のお付きの仕事は、仕事であるが故に淡々とシャーロット姫に対応してゆくが、内面ではシャーロット姫を心配する気持ちが強かった様に思う。

多分、その事はヴァイオレットから見れば、心配していても表情に出さないという裏腹にも似た不思議なパターンに映っていたのだと思う。ヴァイオレットにとっては新しい愛の形。

シャーロット姫が直筆で手紙を書くシーンでは、それを静かに見守っていたが、内心は能動的に手紙にのめり込んでゆくシャーロット姫の姿を見て応援していたのだと思う。最後の情熱的な手紙をそのまま出したのも、その表れだと思う。

アルベルトと離れたくないと言う婚礼衣装のシャーロット姫の髪に白椿を挿し門出を祝うアルベルタの笑顔が良い。劇中見せる唯一の笑顔。このシーンで泣ける。

ヴァイオレットとシャーロッテ姫

同じ14歳の対比。

シャーロット姫は、子供っぽくて感情豊かで、王室の人間が故の不自由さの中で生きてきて、4年前に一目ぼれした年上の男性への片思いを秘めていた。

ヴァイオレットは、感情が著しく乏しく、4年前から兵器・道具として扱われ、戦場の中で生きてきて、いつも一緒にいてくれた年上の男性からの「愛している」の意味を知りたくて探してた。

シャーロット姫がダミアン王子の本当に気持ちを知りたい、という気持ちにヴァイオレットが本人同士で手紙をやり取りさせたのは、手紙が本当の気持ちを伝える事が出来るツールで有ることを過去経験から信じていたから。

人間は自分ではどうしようもないときに涙が溢れてきて泣く。

シャーロット姫の悲しみの涙を見て「あなたの涙を、止めて差し上げたい」と言った。ヴァイオレットはギルベルト少佐の気持ちを知りたい自身の心と重ねて見ていたのかもと思った。

Twitterのつぶやき

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 4話『「君は道具ではなく、その名が似合う人になるんだ」』

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感想・考察

アイリス・カナリー

アイリスは菖蒲(あやめ)の花からとった名前。

日本人の感覚だと菖蒲は5月で、棚田も田植え直後だったし、5月生まれなイメージなのかな、と想像。

他の作品を持ち出すのも何ですが、アイリスは「響け!ユーフォニアム」の加藤葉月に似ていると思った。ショートヘアで明るく活発。その上、失恋話があり、何となく幸薄い感じも似てる。

アイリスには若さゆえの落ち着きの無さだとか、そそっかしさ感じていたが、今回の話で、とても感情がストレートに表現され、ヴァイオレットとは真逆なキャラクターの対比が印象的だと思った。

今回は、両親やヴァイオレットにイライラしたり怒鳴ったり大泣きしたりの起伏の大きな感情を爆発させていたが、その全てが見ていて自然というか、気持ちが分かる感情だったところが、非常に良いと思った。

戸松遥さんの演技も声も凄く似合ってて違和感が無い、はまり役だと思った。

失恋とは

この下りは最高で、

  • フラれたというのは、言い寄ったけれど拒絶された、という事ですか?
  • 好意を示したけど、相手の方ににはねつけられた、と。

大切な事なので言葉を変えて二度確認しているのだけど、これはヴァイオレットは「好き」とか「恋愛」が分からないから「失恋」も知識でしか分からない。だから失恋を国語辞典の様に意味を確認してしまう。今のヴァイオレットならではの行為なのだが、その感覚がいちいちアイリスを苛立たせるのが可笑しい。

「愛している」のその先の感情をアイリスの感情から学んだヴァイオレット。周囲の人間の「愛している」を拾い集め、ヴァイオレットの「愛してる」を理解してゆくのだろう。

「謝罪」

今回は「謝罪」がポイントだと思った。

  • 夜行列車の中で、戦争で義手になった事を気遣いせずに発言をアイリスがヴァイオレットに謝罪した。
  • アイリスの失恋話をご両親にはなしてしまい、人の気持ちが分からない事をヴァイオレットがアイリスに謝罪した。
  • パーティを台無しにした事をアイリスが参加者に手紙で謝罪した。
  • 今回の騒動の事をアイリスが両親に手紙で謝罪した。
    • 父親はアイリスに花(アイリス)を手渡し和解した。

1項目の「謝罪とは自らの責任と認め相手を相手に許しを乞う行為です」というヴァイオレット自身の台詞が、2項目のヴァイオレットのアイリスに対する申し訳なさが、いかに深いかという所に効いている。自分自身を責めている。このシーンのヴァイオレットの悲しみの表情が痛々しい。

ヴァイオレットは、アイリスがパーティ出席者に謝罪の手紙を依頼した時に、すかさず両親にも謝罪の手紙を出す事を提案した。

3話ではルクリアが涙をあふれさせながら語った兄への想いを手紙で伝えた。今回は両親と泣きながらケンカしていたアイリスを見て、3話の成功体験から、手紙で気持ちをご両親に伝えたいというヴァイオレットの気持ちが溢れた。

今回の話は、気まずくなった関係でも、素直に謝罪する事で気持ちを通い合わせる事が出来る、という手紙の力がテーマなのかな、と思った。

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ヴァイオレット・エヴァーガーデン 3話『「あなたが、良き自動手記人形になりますように」』

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感想・考察

ヴァイオレットとルクリアの友達関係

3話でのポイントは、初めてヴァイオレットが他人の気持ちを伝えたい!と思った所だと思う。その気持ちがルクリアの手紙の代筆させて兄に届けるという行為に至った。それは、ルクリアがヴァイオレットにとって特別な存在になったからだと思う。

今までヴァイオレットは他人の気持ちに無頓着だった。例えば、2話でエリカが自分も自動手記人形に不向きと呟いたとき、あなたの事は聞いていません、と切り捨てていた。

ルクリアは養成学校でヴァイオレットの隣に座り、時にヴァイオレットの能力に驚き、時に昼食の心配をしたり、ヴァイオレットの事を心配し気にかけていた。ローダンセ教官に厳しく言われて落ち込んでいる時に気分展開に鐘楼から見た黄昏に染まる風景の美しさに、ヴァイオレットはギルベルト少佐の言葉を連想し、ギルベルト少佐の感動を追体験し、感動していた。

ルクリアはヴァイオレットが卒業出来なかった事を気にして、教育課程が修了した翌日、ヴァイオレットの行動を予想して養成学校に表れ、ヴァイオレットの大切な人と思われるギルベルト少佐への手紙を代筆しようとした。とにかく、ヴァイオレットの事を気にかけていた。

ここまでヴァイオレットはルクリアから与えられてばかりだった。

そんなルクリアが突然、涙を流しながら兄に思いを伝えられない事を語りだした。その気持ちは何度も伝えようとして伝えられず、これからもずっと伝える事が出来ない思いだと言う。

この時にヴァイオレットの瞳のハイライトは揺れていて動揺している演出。ルクリアの気持ちを兄に伝えなければ、という気持ち。

多分、ヴァイオレットにとってルクリアは初めての友達と呼べる存在だったのだと思う。

何度書いてもダメ出しされ自身を喪失していた代筆だが、ルクリアのために代筆し兄に手紙を届けるという行為に至ったのは、ルクリアを友達と思い、友達の涙を何とかしたい、という衝動だったのだと思う。

ルクリアの涙は、思いがけず、ヴァイオレットの自動手記人形の第一歩への背中を後押しした。

結果、ヴァイオレットの代筆した手紙により、ルクリアの気持ちは兄に届けられた。ルクリアからも感謝され、ルクリアにお返しする事が出来た。ヴァイオレットは兵士の様な立ち居振る舞いの少女から、とても素敵な女の子の友達に格上げ認定された。

「任務…、いえ、課題です。いえ、手紙です」

この「課題」という台詞が気になっている。この課題自体は「伝えたい本当の人の心をすくい上げる」だと思う。

自動手記養成学校に通う事になる目的も、「愛している」を知るための勉強のためだったと思うが、ローダンセ教官に「手紙とは言えない」という指摘を受けて、自分には人の心が分からないのではないか、と落ち込む。

こうしたシーンでヴァイオレットは涙を流す事も悔しさを爆発させる事も無い。しかし、淡々した中にもちょっとした表情や声色でヒシヒシと悔しさを噛みしめているのが分かる演出が良い。

良きドールとなるための「伝えたい本当の人の心をすくいあげる」事が全くつかめない焦り。

「課題」とはそれを掴むことを自らに課していた、という事だろうか?

もう一つの「課題」の解釈は、ローダンセ教官からヴァイオレットが上記を「課題」として明確に受けていたという仮説。

この仮説なら、ヴァイオレットが一人で学校に出向いて来た事、ルクリアもヴァイオレットを心配して学校に来た事、ルクリアがヴァイオレットのギルベルト少佐への気持ちを手紙に起こそうとした事も説明が付くと思う。

ただ、ヴァイオレットは台詞の流れからホッジンズに卒業出来なかった事について「それでは何のために学校に通ったのでしょうか」「人が話している言葉の中から伝えたい心をすくい上げられないのではドールの意味がありません」とキッパリ言っており、卒卒業課題があるような事は微塵もにおわせてはいない。やはり自らの「課題」としていたのではないだろうか、と思う。

ルクリア・モールバラ

ルクリアは明るくて努力家で面倒見が良くて優しい。

純粋で不器用なヴァイオレットを心配し、ケアしていた。

ルクリアの問題は、兄との向き合い方だった。兄は戦争から生還したが足を負傷し松葉杖をつき、仕事も持たずに、酒におぼれた毎日を送っていた。兄の心には両親を失ったという自責の念、負傷により仕事をするにもハンデがある事、そうしたストレスから酒への依存から抜け出せなくなったのだろう。兄は心の扉を閉じてしまった。

そんなダメな兄でも、世界でたった一人の家族。兄に心配だからお酒を止めて、前向きに生きて、と声をかけても、うるせー、で返されるような毎日を送っていたのではないか?と想像する。酒場から出てきたところで松葉杖を滑らせて転んだ際に見せた、畜生の表情を見て、委縮してしまい手を差し伸べられなかったルクリアの演出が印象的でそう連想させる。

そんな兄の心の扉を開こうとしても、何度も失敗し諦めた。天国の両親にも報告できず、自分一人でこの問題を背負い込んだ。

収入を得るために自動手記人形養成学校に通い、そこで出会った不思議な雰囲気を持つヴァイオレットのおかげで、兄に伝えたい思いが伝わり、妹に向き合う兄に変わり、本当の意味での兄妹の交流が再開した。手紙が書けないと言われていたヴァイオレットの代筆した手紙が不可能と信じていた思いを伝えた奇跡。

ヴァイオレットの最初の友達は、ヴァイオレットから奇跡を与えられた。

ローダンセ教官

厳しいが、良きドールを育てる事を喜びとしている教官は、ヴァイオレットの事を特に気にしていた。

ヴァイオレットは、知識、タイピング技術は抜群なのに、良きドールとしての一番重要な心を伝える事が出来ていない。いわゆる出来の悪い子。

ルクリアがヴァイオレットの事を友達として見ていたのと同様に、教官もヴァイオレットの事を一人の生徒としてだけでなく、人間として見守っていたのだと思う。

ルクリアの手紙の件で最後に卒業の証のブローチを付けるシーンの誇らしい顔が、ヴァイオレットの第一歩を力強く祝福していた。

なかなかに良きキャラ。

Twitterのつぶやき

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 2話『「戻って来ない」』

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感想

エリカ・ブラウン

エリカは自信が持てず押しが弱い性格。

エリカの代筆には、エリカの弱さが反映されてしまい、ドールの仕事の出来栄えもパッとしない。それによりさらに自信喪失にという悪循環。ドールの仕事を長く続けてて、そんな自分にも嫌気がさしている。

ヴァイオレットのマシンの様に正確かつ精密で、契約ルールを常に守り、人情を全く理解せずに行動する様子に、時に戸惑い、時に驚き、時に助けられ。

エリカはヴァイオレットの事が全面的に好きという訳でもなかった。ただ、そのマシンの様な行動が理解できない。ドールの仕事に高尚な仕事に思うエリカは、「愛している」を知りたいという理由だけでドールになりたがったヴァイオレットの心が分からない。

「(この仕事に向いているか?)あなとの事は聞いていない」と言われたときムキになったし、ヴァイオレットを辞めさせないようにかばったのは、ドール不適切な自分に対する弁解のような感情だったし、その後せっかくかばったヴァイオレットから「裏腹です」と言われてしまったり。

必ずしも、ヴァイオレットとエリカの関係がしっくりきている訳ではないのに、それでもエリカはひたむきなヴァイオレットの様子をみて、ドールを続ける理由を、初心を思い出し、浄化されてドールの仕事に向き合い直した。

2話はこうしたエリカの気持ちの揺れが、物語を進める最低最小限のイベントだけで構成されている訳ではなく、各キャラの自然な振舞からくる多少無駄とも思えるイベントがちりばめられている所が凄く良いと思う。

2話については物語のための物語では無く、キャラのための物語だと思った。

エリカは文章(手紙)の力を信じている。その信念にあたる気持ちがドールの仕事を選ばせた。そうしたエリカの気持ちに触れられる脚本が良いなと思う。

ヴァイオレット・エヴァーガーデン

通り雨は、ヴァイオレットの代理の涙という演出だった。その雨の中にエリカが加わって泣いた。

ドールの仕事で失敗の原因を理解できず、ギルベルトと人違いした後、通り雨に降られて、エリカに自分がドールの仕事に向いているか?という質問をしたとき、機械のようなヴァイオレットの心は揺れていた。

これからしばらくは、解析不可能なエラーケースを経験し、心の揺れはもっと大きくなってゆくのだろう。

自動手記人形(ドール)という仕事

  • 活版印刷の権威であるオーランド博士が発明した
  • 小説家でありながら盲目となり執筆できなくなった妻モリーのために制作
  • それが今では代筆業を指すようになった
  • エリカは客を迎える時に人形のようにスカートをつまみ挨拶したした
  • エリカはオーランド婦人の小説の様な人の心を動かす素敵な手紙を書きたい
  • アイリスは単にタイプするだけの仕事じゃない!という自負がある
    • 多分、ドールという仕事はビジネス文書であり詩であり型にはめる事が出来ない高尚なお仕事、という設定。

テーマ考察(2018.1.22追記、修正)

ヴァイオレットの問題

ヴァイオレットは並外れた運動能力、戦闘能力、忍耐力を持ち、その思考と行動は常に論理的でストレート。まるで機械ように。

しかしながら、一般的には人間や動物には感情というものがあり、非論理的な思考や行動をともなう事はよくある事である。例えば、早死にすると理解していても止められないタバコだとか、相手を傷つけない為に嘘を付くだとか。ヴァイオレットにはこうした非論理的な部分が無い。人情が欠落している。

4年前、ギルベルト少佐の下にヴァイオレットが来た時からそうだったのか?戦争の道具を極めるために非論理的な思考と行動を訓練で封印してきたのか?その辺りははっきりしない。少なくともこの4年間は、そうした非論理的な部分が無いように育てられたのだと想像する。

そして、その思考を伝達するためのツールが言語であり、その手段が会話や文章。

ヴァイオレットが言語を教え始められたのはギルベルト少佐の下に来た4年前から。かなりの短期間に言語を習得したところを見ると頭脳は明晰なのだろう。余談ながら、他にも、スペルミスを指摘したり、借金の返済期間を暗算したり、契約ルールについての飲み込みも早ければ、記憶力も良い、などの能力の高さ見せつけるシーンはいくつもあった。

ヴァイオレットの言語もその思考同様ストレート。ヴァイオレットにはその感情が無く論理的にしか言語を介さない。冗談も言わない。

ヴァイオレットは目先の言葉の意味に悩んでいるのではなく、理解不能な人情に苦しめられている。ただ、全く人情が分からないのではなく、モヤモヤとした非論理的な何か?として感じている。これが人間として日常を生きる上でのヴァイオレットの問題だと思う。

1話で、これまでギルベルト少佐の命令のみで行動してきたヴァイオレットは、ギルベルト少佐を失い、初めて「愛している」を知りたい、という自我を芽生えさせた。

2話で、ヴァイオレットは会話での表現が本心と全く異なるケースを「裏腹」として認知した。今回のケースでは、通常の人間でもそこまで解釈するのは難しいというレベルの本音と建前の乖離であり非論理的なのだが、感情というメカニズムを持たず知らないヴァイオレットには青天の霹靂だったのだと思う。

こうして1話2話では、論理的でストレートなヴァイオレットが、少しづつ、そして確実に人情を知る方向に進んでいると思う。

そして3話以降も、ドールという仕事を通じて依頼人のストレートではない本音と言語の翻訳作業に苦しみながら、人情に理解を深めながら、そしてその度にギルベルト少佐の愛情を理解したり、ヴァイオレット自身がして来たこ事の残酷さに気付いたり、知ることで揺れ動き、もがき、苦しみ、ほだされて行く、というのが全体のテーマなのだと思う。

言葉と手紙について

ドールという代筆業を主軸としているので「言葉」の大切さをテーマとして扱うのは間違い無いと思う。

言葉は人と人がコミュニケーションを取るのに非常に重要なツールである。さらに文字に起こして手紙にしたためる事で時間と空間を跳躍してコミュニケーションを取ることが出来る。

手紙に思いを込めて文をしたためる。本作品はその手紙の力というものを描いてくれるのではないかと思う。手紙は伝達に時間がかかるため、発信者の思いを見つめ直し整理し自分に向き直す事が出来る。また、その情報は時に膨大になったり、逆に極限までノイズを除去し本当に伝えたい思いだけを記す事もある。いろんな形の手紙があると思うが、会話のようにリアルタイムな双方向コミュニケーションが即成立しないコミュニケーション手段であるが故に、思いを一旦パッケージングするという行為に手紙の良さがあると思う。

言葉をパッケージングしたものの美しさというのは、別の形でも存在し、例えば俳句のようなものも究極の言葉だと思う。

ヴァイオレットは、非論理的な思考が理解出来ないが、人間であり動物である以上、本能などの非論理的な感情は内に秘めていてもおかしくないし、モヤモヤした感情はそれが喉まで出かかったものであり、愛情もそうした本能の部分の感情だと思う。

先ほどの話とも関連するが、本作は、最終的には代筆業という他人と他人を繋ぐ翻訳業にスポットライトを浴びせてヴァイオレットの内なる人情を呼び覚ます物語であり、この言葉という厄介な文明の利器に捕らわれず、ヴァイオレットの本能の部分を言葉なしで気付くための物語ではないか?などと妄想していた。

Twitterのつぶやき

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 1話「「愛してる」と自動手記人形」

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感想

久々の京アニのTVアニメ。シリーズ構成が吉田玲子なのも嬉しい。ついでにいうと世界観設定は鈴木貴昭でミリタリー系も丁寧にやってくれそう。

キャラの線が多いからか大袈裟なアクションシーンは局所的に抑えて全体的にゆっくりした動作の芝居が多めに感じるが反面、キャラ(ヴァイオレット)の表情がとても丁寧に作画されていて、この辺りの作り込みの凄さは流石の京アニクオリティ。

「愛している」を知りたいのです、という言葉。自動手記人形という代筆屋の仕事。

感情を持たずに他者の気持ちに寄り添う事も出来ないヴァイオレットが、相手の気持ちを伝える、相手に気持ちを伝える、手紙という手段で言葉を使って伝える。そのためには気持ちを言語化しなければならない。そのプロットが良い。

1話では、自動手記人形として働き始めるまでの話の運びでしたが、このプロットであれば、1話よりも各話の代筆をしてゆくエピソードが本来のドラマの醍醐味部分に思えるし、そうして変化してゆくヴァイオレットを愛でる作品のような予感がする。

Netflix

本作は京アニとしては初めてのNetflix配信作品。2018年1月に日本で、2018年3月から全世界で配信。

Netflixの世界戦略を「アニメ」に見た──独自作品の配信を強化する本当の理由|WIRED.jp

「一般アニメの製作費の数十倍」はホント? Netflixはアニメ制作会社にとっての“黒船”になるのか 担当者に聞いた (1/2) - ねとらぼ

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リズと青い鳥(PV第二弾を見て)

本ブログは、「響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章」のネタバレを含みますので、閲覧ご注意ください。

はじめに

2017年12月15日、映画「リズと青い鳥」のPV第二弾がネット上で公開された。

これにより、スタッフやみぞれと希美のキービジュアル、キャラクターデザインが公開され、「聲の形」のメインスタッフが再集結する事が判明した。原作はユーフォの第二楽章となっている。

予想はしていたが、キャラクターデザインは西尾さんのより繊細なデザインに変更され、随分と大人っぽくも微妙な表情も出せるように線が細くなった印象。今回目指す演出に合わせてテイストを変更してきているのだろうが、頷ける改変だと思う。

このタイミングで第二楽章の希美やみぞれについてのツイートが活性化されて、色々思う所があったので整理しておきたいと思う。

PV第二弾の見所

PV第二弾を見た感想です。ツイートそのまま貼り付けです。

山田監督への期待

基本的に全キャラに優しい

山田監督は基本的にキャラに優しい。登場人物は只の悪者は居ない。山田監督は誰かを只の悪役に落とすような事は無い。その人の大切なものが違ったり、すれ違ったり、そうした事で生まれるドラマは、例え、酷い事、えぐい事をしているキャラが居ても、そのキャラにも寄り添えるように作品を仕上げてきている、と思う。

それは、今回の希美にも、みぞれにも言える残酷さを、惜しげもなく表現しきる事が出来る、山田監督ならではの武器だと思う。

そういう意味で、今回の作品は少なくとも、小説版の第二楽章の残酷さは、欠かすことなく映像化してくると思う。これは、確信してる。

ラストにどんでん返しの演出

たまこラブストーリー」も「聲の形」もラスト付近に観ているものを混乱させる、あれ!?今何が起こった?というシーンがあり、今回もそのテイストのシーンをラストに組み込んでくると、一介の山田監督ファンは考えているのだけど、少なくとも第二楽章のラストには困惑シーンは無さそうであり、この所をどうしてくるかな?というのが、小さな楽しみです。

ストーリー妄想

ストーリー構成

映画の尺は全く分からないけれど、今までの山田監督の傾向からすると90分くらいだろうか?

映画というのは、日常のシーンを積み重ね、時にストレスを蓄積させ最後に爆発させて解放感を得るという流れが基本ではあるが、3年生時代だけで90分を作るのも無理があると思うし、やはり、1年生の時の希美の退部と、2年生の時のみぞれと希美の復縁は、初見の観客のためにもあるのではないか?と想像している。

第二楽章のメインディッシュである3年生府大会突破後の一か月を観客にストレスたっぷり与えながら合宿のみぞれオーボエ無双シーンで盛り上がり、関西大会二日前の太陽公園の「大好きのハグ」のシーンで〆てくるという配分かな…、とか妄想している。

登場キャラ

これはみぞれと希美の主観の物語だとすると、登場人物は凄く限られてくる。届けたいメロディ同様に群像劇のユーフォとは正反対になると思う。私の思う主な登場人物は下記。

  • みぞれ
  • 希美
  • 優子部長(みぞれ過保護)
  • 夏紀副部長(希美過保護)
  • 久美子(完全中立)
  • 梨々花(みぞれ後輩)
  • 滝先生
  • 新山先生(みぞれの音大牽引)

南中カルテット

とにかく、優子と夏紀は本作で然るべき重要度で登場して欲しい。

もともといびつなみぞれと希美だが、優子→みぞれの思いとは裏腹にみぞれ→優子の距離感、拒絶感を持っている所や、夏紀→希美の一方的な献身やそうした思いが一方通行で見返りが無い関係の残酷さ、みたいなものもきちんと本作で描いて欲しいし、描かれるべきだと思う。

TVシリーズを見ていた時は、みぞれ↔優子の双方向の思いになって欲しいと願い続けて、結局そうはならなかった。多分、TVシリーズで描きたい事の比重から考えると、吹いて消し飛ばしてしまいたい要素だったのだろう。

しかし、本作は少女の奇麗さ残酷さは表裏一体という趣向なので、キッチリ残酷に描いたまま終わるのも、山田監督の采配次第。TVシリーズのようにあいまいに隠すのではなく、直球で残酷さをぶつけて欲しい、と思ったりしている。

久美子について

私は、別のブログのコメントに、登場人物の改変で久美子は消されてしまうかも、と書いたけど、やっぱりいろいろ考えてみて、みぞれと希美に中立で接し、二人のいびつな関係を観客に客観的に伝える立場の人物が必要で、久美子は消される事は無い様な気がしてきた。

久美子はみぞれに、希美が音大に進まず別々の進路になる事についてみぞれに問いかけた。久美子は希美に、みぞれに黙って音大を諦めその事と放置している事を責めた。そうした事が優子や夏紀では出来ない。

視聴者視点としての久美子は、やはり外せない気がしてきている。

新山先生について

第二楽章で新山先生はみぞれに対して、大切な人を手放してしまうリズの気持ちにはなれない、といのは私も同じだった、と言った。

そして、新山先生は、青い鳥の気持ちになって演奏させる事で、大切な人の希望が大切な人の手元から飛び立つ事だとして、みぞれの演奏を解放した。自由に飛び立つ事こそが、大切な人への報いであるとした。この新山先生の逆転のロジックは、みぞれがその後、自分で希美から飛び立つための疑似体験を与えた、とも取れる。そこまで考えての新山先生のアドバイスだったのではないかと想像している。

ここからは、完全に個人の妄想ですが、こうしたエピソードがリズと青い鳥に含まれても良いな、と思って書きます。

かつて、新山先生もみぞれのように誰か大切な人に固執した。でも、その人が新山先生を大空に羽ばたかせる事を望み、みぞれのように青い鳥の気持ちで演奏させて大切な人から巣立つことが出来た。そしてその人は大学時代の滝先生の奥さんで、その時もまさにリズと青い鳥を演奏した。滝先生もこの過去を知ってはいる。そして、今年のコンクールのこの曲を選んだのは、みぞれの事を想った新山先生だった…。

これは第二楽章を読んだ時から悶々と考えていたネタですが、こうした裏エピソードみたいのが、劇中に表れても良いかな、とか妄想してた。

希美について

今回、PV第二弾公開とともに、ツイッターリズと青い鳥、第二楽章のツイートが活性化された。その中のの希美のダークサイドの解釈で、みぞれに対して優越感に浸っていただの、みぞれに対して悪意をもっていたともとれる発言を目にして、ひどく違和感を覚えた。

この違和感を是正したい!という気持ちが強く、そのためだけにこのブログを書いた、と言っても過言ではない。これから、その事を書こうと思う。

第二楽章で希美は、これまで描かれなかった良い子では無い面が描かれた。

希美という人間は、本質的に明るくて良い子である。決して性悪な子では無いと思う。希美は意識的に良い子で有り続けたいと思っているが故に、良い子の体裁を重視する。また彼女の持つプライドから自分に都合の悪い事を相手に言い出せずに、そのまま問題を放置してしまい、最終的に相手の心を傷付けてしまう。希美の問題というのはそういう類の事だと思う。

希美の問題は具体的には下記2点だと思う。

  • 一つは、作り笑いに象徴される、良い子を演じ続けて、内面を押し殺してしまう性格。
  • 一つは、自分に対するプライドと、みぞれの演奏に対する嫉妬心。

みぞれに対する希美の不幸は、この2点に集約されるのだと思っている。

好きと嫌いの話で言えば、希美はみぞれのオーボエ(みぞれの奏でる音楽)は好きだが、みぞれという人間とその才能と環境に嫉妬した。もちろん希美はプライドから嫉妬しているなどと口にする事も無い。相反する好き嫌いからくるストレス。

みぞれは希美の興味を引くために練習を積み重ね最高のオーボエを聞かせるが、それが希美にとっては嫉妬という感情を生み、みぞれを嫌ってゆくという皮肉。希美はこのやり場のない気持ちの中、みぞれに対して連絡なしに退部したり、連絡なしに音大を諦めたり。そんな事が重なり、みぞれの好きの気持ちを踏みにじってしまう自分に対して自己嫌悪まで生まれ、自分の業を責め続けて生きてきた。

私はこんな希美に単純な悪役のレッテルを貼る事は出来ない。久美子では無いけど、酷いとは思うが嫌いにはなれない。

希美のバックボーンはこうした複雑な要素の積み重ねで成り立つが、ツイッターなどの断片で希美の事を悪く言うのは、希美が可哀そうと思ってしまうくらいに、第二楽章に入れ込んでいる。

これが私の第二楽章における希美の理解なのだが、リズと青い鳥を観たとき、この解釈と一致しているのか?全く新しい解釈が付与されるのか?その辺りはとても楽しみ。

みぞれについて

一方でみぞれについては、世間的にもそれほど引っかかるツイートというのは無い。

ただ、みぞれのいびつもキチンと描いて欲しい。

  • 一つは、希美に固執しすぎて聖人化し、フランクに接する事も出来ず、希美の言われた通りにしてしまう事
  • 一つは、希美を失う事を予感しながら、そうなった時の事を何も想像できない、超受け身体質な事
  • 一つは、自分の都合が悪い事は思考停止してしまう事

みぞれを見続けて当たり前になっているが、みぞれというのは、個人というものを持たず、主張というものを持たず、自ら考えず、人として問題があった。自分でも希美に固執しすぎて気持ち悪いと思ってる。そうした、ダークな部分もキッチリ描ききって欲しい、と思う。

さいごに

取り留めもなく、書いてきたけど、世間でリズと青い鳥がツイートされている程度で、勢い書いたブログではあるけど、映画「リズと青い鳥」への期待を更に高めて残り4カ月を楽しみに待とうと思う。