たいやき姫のひとり旅

アニメ感想など…

はねバド! 2話 「運動の後の肉は格別ッス!」

はじめに

2018年7月放送開始のバドミントン部員達の活躍を描く「はねバド!」に大きな衝撃を受けている。

私は、アニメを見る時に、その物語の大局や、物語を捉えたい、と思っている。そして、それを捉えるために、各キャラクターに寄り添い、何故そう考え、何故そう行動するのかを考え、その変化をドラマとして感じる事で捉えられると思っている。

もちろん、本作は、キャラクターの深堀やドラマの作り込みは、凄くしっかりしていて見応えがある。

しかし、唯一、主人公の綾乃だけは、その心を見せていない。主人公に感情移入出来ない。

私は原作は1巻まで読んだが、SNSで伝え聞く所、プレイ中の綾乃は、狂気を帯びたヤバい奴らしい。その先に綾乃の心の問題に触れ、その問題を、心の棘を抜くときが来るときはいつかは来ると思うが、そのプレイスタイルに、本当に綾乃の心に寄り添えるのか?という事をずっと考えていた。

その辺りのモヤモヤを整理するために、ブログにまとめようと思う。

考察・感想

丁寧に描かれる部員達のドラマ

本作は、非常にキャラの描写・見せ方が上手い。そして、それがメインキャラ、サブキャラ、モブキャラに至るまで、登場するキャラ全てに対して自然な感じだし、分かりやすい。

極論すれば、全キャラ真剣に生きている。物語のための歯車でしかない、というキャラは居ない。

その意味で、よくよく練り上げられた強固な脚本だと感じた。

部員全員にドラマ的な捨て駒が無く生かされているという事は、北小町バトミントン部の団体戦を描いてゆく上でも重要な要素となる。

丁寧な荒垣なぎさのスランプ脱出描写

なぎさの問題は、半年前にジュニア大会で綾乃にスコンクで負けたショック。そのプレッシャーのため得意なはずのスマッシュに迷いが出て思い切りスマッシュが打てなくなっていた。

そのせいで、部活動の練習は荒れる。無理強いな特訓。なぎさの部員への八つ当たり。

テニスコートで偶然綾乃を見つけた時に思わず逃げ出してしまい、夕方の橋の上で理子に自分の弱さをさらけ出すなぎさと、もういいからという理子。

翌日、エレナが連れてきた綾乃に「私と勝負しろ」というなぎさは、先の一度逃げた描写があればこそ。

しかし、2話冒頭で、あまりやる気の出ていない綾乃にも負け越していた。気合で勝てないところが実に良い。

練習中にコーチに周りが見えていない、と言われてもムカつくだけ。

練習中に理子が手を抜いた、という事も面白くない。

下校中に大船友香に、バドミントンに真っ直ぐな所が好きだった、と言われても、まだピンと来ていない。

なぎさは部で一番強い。だから、周囲の言葉も受け止められない。理子や遥や友香が何を言っても無駄だし、周囲も努力しても伝わらないのもやむなし、と思っている。

そうした疲弊した状態を、丁寧に丁寧に描いていた。

風穴を開けたのは、コーチだった。

1セット試合をして、なぎさの様子を見ながら、故障している心を読み取り、その心のためらいを真っ直ぐに指摘した。そしてその言葉を受け止め理解して、自身で心の棘を抜き、立ち直ってきた。

コーチの一言で、手のひらを返した様に、コーチに従うのか?という意見もあるだろうが、少なくとも、まるまる2話かけてその棘を描いたおかげで無理やり感は、あまり感じなかったし、なぎさのストレスを共有しているからこそ、なぎさの心の開放の大きさを感じる事が出来る。

1話2話の主人公は間違いなくなぎさだが、そのなぎさに関わる人間の想いをそれぞれに描く事が、なぎさというキャラクターをより鮮明にしている。丁寧で贅沢で強固な脚本だと思う。

自己犠牲にならない範囲での泉理子の優しさ

なぎさの父親役に対して、母親役の理子。

基本的に優しいとは言え、練習中に上手プレイできた時には嬉しい表情になったり、なぎさが荒れるのを気にして手抜きしたり、という面が良い。

完全に誰かのために自己犠牲を選ぶというスタンスでは全くなく、自分自身も強くなりたい気持ちを持っている。

そうした、当たり前の描写が要所で効いていて、キャラクターの描き方が上手いと思う。

気まずい空気にめげない海老名悠の健気さ

遥はいつも、明るく振舞う。しかも、空気を読んで、当たり障りのない態度を取ろうとする。実力本位の部活動の中で、自分の実力からしても、そこそこの位置にしかいない、という事なのだろう。3年生の先輩の歯向かう事は出来ない。

部室で気まずい雰囲気になったら、空気を読んで、部室を後にしたりとか。

しかし、そのストレスをホットドッグの買い食いで解消している、という描写がまた細かい。

また、葉山行輝に気がありそうな描写とかもあり、妙なリアリティがある。

この辺りの描写が、たった2話の間で描き切っているのは流石。

大船友香の真っ直ぐすぎる眼差し

友香が見ていたものは、なぎさの心だった。

1話で「自分の胸に聞いてみな」という台詞。2話の「私が羨ましかったのは、あんたはバドミントンがとことん好きだってこと」という台詞が良すぎる。

多分、友香は、受験勉強に専念し、バドミントン部には戻って来ない。これから描かれないかもしれないキャラなのに、ここまで描いてくれている事が嬉しい。

モブキャラでさえ、全力投球感あふれてて、モブキャラ好きな私には御馳走過ぎる。

対照的に、いまだに心を見せない主人公サイド

これまで紹介してきた部員達とは正反対に、その心を描かないキャラが二人いる。主人公の綾乃と親友のエレナである。

綾乃を無理やりバドミントン部に入れた藤沢エレナ

エレナは、綾乃をバドミントン部に入れて、自身はマネージャーの枠に収まった。綾乃が逃げている「何か」に向き合わせるために。それが何かは現時点では分からない。そして、それが綾乃にとってプラスになる事だと信じている。

羽咲綾乃の不気味な見えないトラウマ

綾乃がバドミントンを好きになれない理由はまだ明かされていないが、母親に直結している事は明確である。

  • 幼少期はバドミントンの鬼特訓を受けていた?
  • ある時、綾乃を日本において、コニーの父親と結婚?
  • その後は、コニーを鬼特訓し一流選手として育て上げる?

という流れだろうか。母親からの特訓生活で親子としての愛情を得られず、愛に飢えているのかも知れない。その上、自分は捨てられたという思いと、自分の体に染みついている母親のバドミントンマシンとしての反射神経が、ちぐはぐさが、非常に危うい精神状態を作っているのかもしれない。

この仮定なら、綾乃は母親と向き合う必要があるし、そうしなければ綾乃の心の安静は無い。

ただ、原作は13巻までの尺があり、1クールに収めるのも途中までである事と、綾乃の心が安息してしまうと、それ以降の綾乃のテンションが保てない気がするので、向き合う事はあっても、和解するまでは描かないのかもしれない。

いずれにせよ、綾乃に感情移入出来るか否かは、原体験となる母親とのエピソードにかかっているように思う。

羽咲綾乃の強さの演出

綾乃は、無表情で汗もかかずに軽く相手の攻撃を正確にディフェンスし打ち返す。ミスなしで無限に返す。しかも、本人はバドミントン部に興味が無く、嫌々プレイしていて、この強さ。

この、嫌々プレイでも最強主人公というのは、他の作品でもしばしば見かける黄金パターン。麻雀の咲しかり、頭文字Dしかり。適当に戦ってもこれだけ強いのなら、全力出したらどれだけ強いんだ、という底知れぬ強さ感を醸し出す、という効果があると思う。

また、このパターンは、対戦相手からすると脅威であり、頭文字Dでは、拓海は頭のネジがぶっ飛んだ奴、とか言われていたし、咲~阿知賀編~では、咲は邪悪っぽいオーラを出す演出がなされていた。要するに、狂気すら感じるヤバい奴という扱い。

さらに、SNSで伝え聞く所によると、綾乃はプレイ中にうすら笑いを浮かべて狂気の目つきでプレイするヤバい奴らしく、OPでもその一端は描かれており、まさに悪役。

こうした、ヴァイオレンスな雰囲気漂う狂気のプレイというのは、連載がアフタヌーンという青年誌だからというのもあるかも知れない。アフタヌーン連載という事で私が記憶に残っているのは「無限の住人」という作品。こうした雑誌のカラーの影響があるのかも知れない。

スポーツモノとしてのエンターテインメント性

私は、キャラクター志向なので、どうしても綾乃の心に寄り添えるか?という事を考えてしまっていた。もう少し言えば無意識に成長ドラマに期待してしまっていた。

しかし、多分、綾乃はラスボスで、母親との対峙があるにしても、ラストに山場を持ってくるように思うし、それまでは、綾乃は掴みどころのないヤバい奴であり、そのように見ていればいいと思えるようになってきた。

成長ドラマで言えば、1話2話のなぎさだったり、その他の部員だったり、これから登場するであろう他校の選手だったり、ドラマを描くキャラに不足は無い。

そして、そうした成長ドラマ以前に、スポーツモノとしての醍醐味は、試合そのものの緊張感、迫力であり、各キャラがその試合で、何を思い、何を感じたか。スポーツは筋書きのないドラマ、という物語であっても、それで良いのではないか?とも思う。

強いものが勝つ、という単純な原理。対戦相手との相性はあるかも知れないが、勝ち続けているモノの強さに痺れ、敗者の悔しさに泣く。選手のバックボーンを知らなくても、試合に陶酔する事はできる。我々は普通にそうしてスポーツを楽しめる。

しかし、そのためにはストイックなまでにスポーツを再現し、的確に演出で見せるという、映像の説得力が必要になる。スローモーションやキャラのモノローグだけに頼っていてはダメで、試合を、選手を、場内の雰囲気をテンポよくリアルに描き切るための、相当な労力が必要になるのだろう。

はねバド!」はこうした表現が出来そうな、ポテンシャルの高い作品だと感じているし、そういう期待を持って観ている。

おわりに

本作の完成度は高いが、個人的に成長物語を無意識に期待していた自分の気持ちにモヤモヤして文章を起こしてみた。

人間というのは物事の結果に対して、そうなった理由を求めてしまう。整合性を求めてしまう。

しかし、そういう事で割り切れない世界を生きているし、そうした事がエンターテインメントな物語として必要である、という事を気付かせてくれた。

多分、2018年夏期は、本作がぶっちぎりの作品になるだろうし、継続して楽しんで観てゆきたい。