たいやき姫のひとり旅

アニメ感想など…

アイの歌声を聴かせて

ネタバレ全開につき閲覧ご注意ください。

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はじめに

当初、あまり気にかけていなかったのですが、SNSの評判が良くて観に行きました。評判通りの楽しいアニメ映画でした。

小難しく考える映画じゃなくて、とにかくミュージカルシーンに代表されるパンチ力あるポジティブな青春モノという作風です。インド映画みたいな楽しい手触りです。

  • AIと人間の共存について、一部追記(2021.11.3)

感想・考察

インド映画的な楽しさ溢れるミュージカル映画

インド映画的な楽しさについて考えると、やっぱり庶民の鬱憤を、映画で憂さ晴らしする娯楽的要素がコアにあると思う。そして、そこに音楽による感情の爆発を乗せるという作風が強烈なスパイスになる。本作は、まさにそんな魅力を持ったアニメ映画たと思う。

主人公のサトミは学校では孤立、ゴッちゃんとアヤは喧嘩中、サンダーは試合で一勝もできず。何が悪いと言うわけでもなく、何かのボタンの掛け違いで悶々とした気持ちと共存しながら生活している高校生たち。

そこに、天真爛漫(ちょっとポンコツ)な美少女転入生のシオンが、ミュージカル映画のワンシーンさながらに大声で伸びやかに歌を歌いながら登場人物たちを励ましてゆく。しかも、ネットワークに繋がったAIである事を生かし、時に周囲のデバイスを駆使しながら舞台をド派手に演出しながら、幸せになって欲しい人の為に歌い上げる。

なぜ、このような作風のアニメ映画が今まであまり存在していないのか? と言えば歌唱+ダンス+アニメという技術的な難しさもあるだろうが、日本人の登場人物がいきなり歌い出すという演出は、突拍子もなく抵抗があったからではないかと思う。

本作はそこを、ポンコツAIだから歌って踊る、という設定でクリアした点が発明だと思う。だから、インド映画みたいにエキストラも含めて全員がダンスする、という事は無いが、それでも、シオンの歌唱と踊りに破壊的なパンチ力があり、物語を牽引できてしまう。だから、ミュージカルシーンの意味は、シオンの歌が登場人物のわだかまりを解き、背中を押す、という構図に統一される。

シオンのCVは土屋太鳳さん。設定上AIという事で、芝居としては高音気味のフラットな声質を当てているのだが、その声が歌唱とマッチして、曲の頭から終わりまで爽やかな点も良いと思う。

ちょっと懐かしめのややリアル寄りなキャラデザ&キャラ作画

キャラデザは、敢えて今風のライトなモノではなく、青年漫画味のある少し懐かしさ感じさせるテイストであるが、これが本作に非常にマッチしている。

本作は高校生の青春ドラマであるが、多感な若者の内面を描くにあたり、ある程度の泥臭さをリアルに感じられる雰囲気を持っている点が良い。また、何よりシオンが人間と見間違う美少女AIという設定があり、その生身感を感じられるデザインになっていると思う。デフォルメよりもリアル寄りというディレクションである。

実際、シオンのミュージカルシーンは、人間がダンスできる範囲でリアルに徹した動きだったと思う(ダイナミックなカメラの演出はあるが)。サンダーとの柔道着での乱取りシーンも、柔道とタンゴのダンスの体重移動を意識したリアルな動きであり、キャラの生感は見事に出ていたと思う。

ちなみに、キャラクターデザイン原案は、紀伊カンナ先生。直近では、アニメ映画「浜辺のエトランゼ」の漫画原作者兼キャラデザをされていた。

シンプルなエンタメ物語と直球のミュージカル演出

本作の物語は比較的シンプル。あらすじは下記。

前半は、5人の若者たちが高校生活で抱える問題やわだかまりを、歌の力だけで意識改革をし、改善、解決してゆく。孤立したサトミに友達を作り、喧嘩中のゴッちゃんとアヤを仲直りさせ、勝ち知らずのサンダーに勝利をもたらす。

これらは、全て「サトミを幸せ」にするという命題を持って、シオンがAIらしく試行錯誤しながら行ってきた事である。これにより、5人の若者はシオンに救われてゆく。

そして、「サトミの幸せ」の仕上げに、なんとなく気まずくなってしまっていた幼馴染のトウマとサトミを恋仲にすべく、白馬の王子様がプリンセスに告白するという最高の盛り上がりの中で、制御範囲外で活動するシオンを危険とみなして回収する星間エレクトロニクス。

後半は、若者たちとサトミの母親の合計6人による、シオン奪還作戦。ここは、完全にアクション活劇なので、映画としての典型的なクライムである。この救出劇により、シオンのAIは、8年前同様に再びネットに逃げて生き延びる事が出来た。

最後は、サトミの母親は仕事に復帰。頓挫していたトウマとサトミの恋仲を、衛星軌道上からフォローするシオン。手を繋ぐトウマとサトミ。と、ハッピーエンドで気持ち良く終わる。

インド映画的なエンタメ作品としては、類型的でコンパクトに纏まっている。繰り返しになるが、ある意味ベタな展開である物語を、ミュージカルのパワーでゴリ押しする作風ゆえに、この物語と演出の相性は良い。

通常なら、AIをファンタジーにし過ぎとか、セキュリティを改竄し周辺デバイスまでも制御してしまうシオンを危険すぎるとか、ある意味常識的にルールに従って行動した支社長をあまりにもヒール役にし過ぎるとか、普通の映画なら突っ込みどころになりかねない点は多い。

しかし、これらは劇をシンプルに楽しむためのディレクションであると理解できる。なんなら、重要な役割を果たす劇中劇のムーンプリンセスも子供だましの童話のようなものであり、本作はそうした童話の様な物語と言っても良いだろう。多くの観客もそれを理解し、受け入れてしまう力が本作には宿っていると思う。

AIと人間の共存について

元気一杯で空気の読めないポンコツAIとして描かれたシオン。シオンはサトミを幸せにしたが、シオンは幸せだったのだろうか?

シオン(正確にはシオンに乗り移った8年前のサトミを幸せにする命令を受けたAI)は、機械学習により、サトミの幸せを試行錯誤し、サトミを幸せにした。サトミや周囲の人間が幸せなら本望。もともと命令に従って行動する機械だから、献身的なのはある意味当たり前なのだが。

良くあるAIモノなら、ここで自我に目覚めて、ピノキオよろしく人間になりたいAIの話になってしまうところ、シオンはあくまで機械として振舞っている。当然、映画が伝えるべきストーリーの範疇外のネタであり、物語のノイズになりそうな要素はカットしているのだと想像しているし、ディレクションとしては正しい。

しかし、幸せをくれた相手に対し、お返したい気持ちがあるのも人間だろう。シオンの救出劇とサトミの「友達」発言は、その恩返しにあたると思う。それは、神様やお地蔵様へのお供え物と同じである。一方的なギブだけでは気持ちが悪い。ギブあればテイクありである。AIに対しても、そうした気持ちを人間が持っている事が救われる。

そして、その言葉を受けたシオンの「私って、幸せだったんだね」という台詞がさり気なく切なくて沁みる。それは、単に言葉だけの反応だったのか、それとも人間として心が理解できた上での反応だったのかはどちらでも解釈できる範疇の演出だったと思う。ここを観客に委ねた演出が心地よいな、と思った。

私は、美少女型AI(またはロボット)モノは、過去の経験則から個人的に名作になりにくい印象を持っている。それは、上記の様な、AIの自我云々になったときに、どうしても薄っぺらなドラマ寄りな方向に走りがちで、設定とドラマの両立が難しいと感じていたから。本作は、シオンの自我を明確に描かないディレクションで、人間に奉仕する機械に徹していた事が個人的には良かったのかもしれない。

おわりに

いろいろ書きましたが、シンプルな娯楽映画の力に殴られたという強烈な印象の作品です。その娯楽作を作るために、綿密に設計された超良作でした。おそらく、何回でも楽しく観れる作品です。

本作を「竜とそばかすの姫」と真逆のテイストを持つ作品という感想を見かけましたが、激しく同意できます。明るく楽しく、気取らず大衆的な、作品の粗よりも作品の良さを強調するような、そんな作風だと思います。脚本が吉浦監督と大河内さんの共同脚本である所も含めて対称的に思えます。

出来れば、多くの人に観てもらいたい作品です。