たいやき姫のひとり旅

アニメ感想など…

THE FIRST SLAM DUNK

ネタバレ全開につき、閲覧ご注意ください。

はじめに

映画の表現力が凄い、と噂の「THE FIRST SLAM DUNK」の感想です。

ちなみに、私はマンガの「SLAM DUNK」は未読。TVアニメはかなり昔に少し見てた、くらいな感じで湘北スタメン5人くらいは知っているけど、山王とか全く知らないという状態です。もっと言えば、バスケに限らずスポーツ全般疎いです。

そんな私が本作を観ての感想ですが、その迫力に大満足の出来栄えでした。なんかこう、スカッとしたい人にはおススメの映画です。

  • スタッフインタビュー(2023年1月4日追記)

感想・考察

構成は、試合+ドラマパート+etc

今回の主人公はリョータ。試合は湘北vs山王戦の1試合に焦点を絞り、それと並行する形でリョータのバックボーンとなるドラマパートが交互に紡がれてゆく構成である。

スポーツ物の典型とも言えるが、2時間の映画で試合が終わることもあり、間延びする事なく緊張感が続きっぱなしという感じであった。勿論、交互に入るドラマパートで息継ぎをしているわけだが、こちらはこちらで、リョータの行き詰まりの共有によりストレスフルである。

リョータの物語も一本筋の通った気持ちが良いものであったが、やはり3DCGキャラによるバスケットボールの試合の迫力が本作の目玉であろう。

3DCGの圧巻の表現力

いきなり余談になってしまうが、2020年にYouTubeにて「OBSOLETE」という3DCGアニメーションがあった。ゴツい米国海兵隊の軍人と彼らが搭乗する戦術用の小型ロボットが3DCGで描かれていたが、本作のキャラはそのテイストに近い。なお、ドラマパートでは、幼少期だったり、ユニフォーム以外の服装だったりのシーンは2Dアニメで描かれるというハイブリッド構成である。

とにかく、スポーツする人物の描写が緻密さに驚く。全身を汗が滴り、肩で息をする。シューズなどの静的なディテールはもちろんの事、動的な表現もピカイチである。ダンクシュートの瞬間、リング際の敵味方のボールの奪い合い、スリーポイントシュートの静かで美しい軌跡、ゾーンプレスで覆いかぶさる選手の圧力。ボールと身体、そしてユニフォームの動きさえもまったく違和感のない自然な動きで表現しきる。それが、コート内の選手10人分もれなく描かれる点が凄い。カメラに映っている全てのモノがその緊張感と迫力を持っているというのは、絵作りをいかにコントロールしているか、という事に他ならない。

無論、これは3DCGなら誰でもできるというわけではない。3DCGは本来、モデルを作り配置し空間を切り取るカメラを設置し、全てのものを動かして、物理法則を演算(=シミュレート)して、なめらかで違和感の無い映像を作るのが得意という方法である。人物の動きに関してはモーションキャプチャーという実際の人物の動きを3DCGに取り込む手法でリアルな動きを出せるため、本作でもその手法は使われている。

そうだとしても3DCGは、本来物体として存在しない選手の気合や気迫を描く術ではないのだが、本作の映像からはそれを感じさせる映像に仕上がっている点が凄い。それこそが、井上雄彦先生が漫画家として描いてきたノウハウの調合があるのだろう。選手、ボール、床、リングなどを切り取ってレイアウトを決める上流工程から、ダッシュする際に重ねる効果線(正確な名前が分からないけど物体が高速に移動した事を表現するマンガ表現の平行線)などの下流工程まで、さまざまな工夫がみられる。これこそが、漫画原作者でもあり、監督である井上雄彦だからこその仕事なのだと思う。

後でインタビュー記事などをチェックして、全カット井上雄彦先生がレタッチを入れているというのを聞いて本当にびっくりした。キャラが生きた状態までレタッチして確認しないと仕上がらないという。とてつもない手間暇をかけた手作りアニメであった。こんな作り方なら、続編の映画なんて絶対無理だろう。

3DCGのシーンで特に印象に残っているのが、試合に負けた山王の沢北が廊下で悔し泣きするシーン。鼻や口元の震えがリアルな悔しさ。この動きが繊細過ぎて通常の2D作画では動かさないところである。この辺りの演出は、実写的にも感じた。

試合=いかに相手の心を折るかの圧力のかけ合い

本作が、バスケットボールの試合中継映像と違い、映画である事の意味は、試合中の選手たちの丁寧な心理描写にある。

強豪高の山王は、試合前半は拮抗した試合運びをする。そして、後半戦でいきなり点差を付けて湘北の選手たちの心を折りに来るという戦略である。その際の山王の監督の立膝姿(=本気モード)が怖いとまで思わせる。どう頑張っても、ゾーンプレスの壁を抜けない、シュートの際にブロックの壁が立ちふさがる、走ろうと思っても体が重い。やっとの事で点を入れても3倍返しで点を取られる。この絶望感が映像として映画館の観客にも伝わってくる。

ちなみに、山王の選手たちの私の第一印象は禅寺の修行僧である。涼しい顔してるからこそ怖い。

赤木なんかは、試合中に倒れた際、なぜか嫌味な先輩の嫌味な言葉を思い出してメンタルが弱り、このまま動かなければ楽になるかも…的な事を考えたり。今回、赤木(=ゴリ)は強靭なイメージとは裏腹に、普通の人の持つ弱さが強調されていた。

この空気を突破してゆくのが、バスケットボールの常識が通用しない桜木と、その使い方をわきまえている安西先生。そして、あの有名な台詞の「諦めたら、そこで試合終了です」。

桜木の突飛な行動と驚異の身体能力に困惑した山王からポイントを取得するが、これを契機にすぐに試合の流れが変わるほど簡単じゃない。そこからも苦しいのだけど、湘北の選手の心に少しづつ火がついてゆくのが分かる。いつまでたっても心が完全に折れない打たれ強さに、山王の選手もだんだん不安になってくる。もちろん、湘北の新しい戦略に気付いたら、すぐに的確な対処方法で対応してくる。だけど、湘北だけが一方的に玉のような汗をかいていた、という状況から山王も汗の量が同じように増えてきた。そうした、緻密な圧のかけ合い、競り合いみたいな描写が異常に上手い。

試合パートとドラマパートは交互に挿入されるが、2時間の映画で試合シーンはのべ1時間程度であろうか。緩急の緩はドラマパートで補うという事もあるだろうが、試合のシーンの手に汗握る緊張感は全く途切れなかったのが凄いとしか言いようがない。

試合運びは王道とも言えるが、だからこそ緊張感や説得力を持たせるには、かなりのディテールと時間経過のコントロールが必要なわけで、その積み上げの確かさこそが本作の真骨頂であろう。

リョータが男になるまでの物語

リョータの身の上というのは、マンガでも描かれておらず初公開となるが、そこに全く違和感がない(原作者自身が書くのだから、間違いがないのは当然かもしれないけど)。

平たく言えば、本作の物語は、リョータが男になる話である。

沖縄で宮城家の次男として生まれたリョータ。兄のソータと妹の3人兄弟である。父親が早くに亡くなり、ソータが父親代わりとなるが、そのソータも海難事故で亡くなる。ソータは小学校のバスケットボールの選手として活躍しており、ショータも兄に憧れバスケットボールの選手になったが、兄ほどは上手くはプレイできず、出来の良い兄、出来の悪い自分というコンプレックスとともに生きてきた。

グレ気味なこともあって、神奈川に引っ越しても不良に目をつけられたりで、一人で過ごすことが多かった。でも、バスケだけは続けた。高校で三井たち不良グループと喧嘩し、バスケも辞めてしまおうかと自暴自棄に。その後、バイク事故で入院。母親をまた悲しませてしまう。

母親はソータの死別の悲しみをずっと引きずっているとリョータは考えていたが、実はそうではなく、可愛かったリョータがグレた事を悲しんでいた。

誕生日のケーキのところでの妹の台詞。リョータはソータが亡くなった年齢はとっくに超えているとか、ソータの写真を出して飾ろうとか、物語上のポイントとなる台詞である。リョータが母親宛の手紙に書きかけて消した、自分なんかが生きていてごめんなさい、という自己否定が辛い。

この母親とリョータの気まずい距離は、インターハイでから帰ってきて、砂浜で母親の隣に座るときの距離にも現れていた。試合はどうだったと言われ、強かった、怖かったと片言で返事する。母親は近づき、大きくなったね、とリョータの二の腕に手を回し、緊張をほぐすように肩をたたく。お互いに話しにくさを感じていた母息子の久しぶりのぎこちない会話。多分、はじめて母親を喜ばせることができた瞬間だったのだろう。

ソータの夢でもあった山王の試合に勝ったから、ソータを乗り越えたとも言えるが、多分、そういう事じゃない。母親から見て、リョータが立派な男になった事が、この物語のゴールだったのだと思う。

比較的コンパクトな物語ではあるが、母親とリョータの心の距離感や、言葉に出来ない複雑な心情を的確なアイテムとともに配置した感覚。一昔前の質の高い文芸を感じさせる脚本だったと思う。

スタッフインタビュー(2023年1月4日追記)

公式にて、監督をはじめ、スタッフの方々のインタビュー音声があったので、リンクを貼っておく。

今までのアニメの常識を覆す作り方にいろいろ驚かされますが、こんな裏話がタダで聴けるのは非常にありがたい。音声コンテンツなのも個人的にうれしい。

2023年1月4日時点で19本ですが、まだまだ追加されていく模様です。

おわりに

映画による体験がエンタメとしての真骨頂であるというなら、本作の試合のシーンの迫力はまさにエンタメでした。

一つ笑い話ですが、一緒に観ていた奥さんが、桜木のダブルドリブルのシーンで笑っていたんです。あまりに緊張してみていたので、桜木の緊張緩和のギャグのシーンもカチカチになって観ていた自分が可笑しくなって、15秒くらい笑いのツボに入っていました。

逆に言うと、それくらい試合の圧が強かった、という事です。

私は、Dolby-Cinemaで観ました。高くなりますが、音響も良い環境で観る方がおススメです。

新年一発目に鑑賞した映画としては、非常に満足度の高いというか、気分よく映画館を出てこれました。

ちなみに、奥さんも大満足でした。