
はじめに
今期はとりあえず4本完走。残り2本は後追いで見る予定です。
今期もなかなか力作が多かったと思いますが、爽快感があって気軽に楽しめる作品は少なかったので、断トツに良かったみたいな作品はありませんでした。
- 上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花
- あかね噺
- とんがり帽子のアトリエ
- 氷の城壁
- 淡島百景(T.B.D.)
- 春夏秋冬代行者(T.B.D.)
では、いつもの長文のアニメ感想総括です。
感想・考察
上伊那ぼたん、酔へる姿は百合の花
- rating
- ★★★★☆
- pros
- 嗜好品やサブカルを絡めてスタイリッシュに描く、JD百合の恋愛物語
- アニメーションは各話ごとにスタッフの色が出る実験的なディレクション。
- cons
- そもそも恋愛物語であり、かなり激重で息苦しい要素もあり、この辺は好みが分かれるところかも
各話でテイストの異なる作画が話題となった、最新モードのJD百合アニメ。基本的に女性同士の恋愛をスタイリッシュに描く純文学的な作品という事になるが、今風の凝った作画や演出がアニメーションとしては印象的。お酒、たばこ、楽器、クルマ、映画、アート、文学など多岐にわたるアイテムがドラマ内の小物として登場し、哲学的な台詞や何気ない仕草が、ドラマに表情を添えてゆく。
原作はネット配信のチャンピオンクロス連載中の塀先生の漫画。アニメーション制作は「mono」のソワネ。監督は佐久間貴史。シリーズ構成は「mono」に続き米内山陽子。脚本は米内山陽子、白坂英晃、篠塚智子の3名体制。キャラクターデザインは吉成鋼。
少し前に「ヤマノススメ Next Summit」という作品があった。この作品と本作はアニメーションのテイストがかなり似ていたが、実際多くのクリエイターが両作品に携わっていたとの事。ED曲中に映し出されるストーリー仕立ての吉成鋼のイラストもスタイルを踏襲している。ちなみに、EDのストーリーは原作にないアニメオリジナルの補完エピソードが多く、しかもかなり情報量が多くこの90秒の物語だけでも考察しがいのある内容になっており毎週楽しみにしていた。
演出的にも各話尖った感じで楽しめた。印象に残ったところでは、5話のいぶきとかなでのドライブ回。花と色をキャラクターに置き換えて画面内に配置する事で感情や気持ちに落とし込み、花びらが舞うシーンで情感を表現していた。これは演出としてはベタで分かりやすくはあるが、美しい画面と相まって非常に効果的に使われていた。
また、10話では美術館のアートを使って人それぞれに解釈の解像度が異なること、予備知識なしでは異国の言葉を聞かされているような分からなさになること、こうした目の前に見えているモノがふんわりとしてしまって掴み切れない感覚を実際のアートを画面に取り入れて表現していた。これは、他者の恋愛感情の掴み切れなさをアートを鑑賞する人を使って表現する、という画期的な演出がなされていた。個人的には、この演出こそが本作の真骨頂ではないかと思う。
他にも、11話でショッピングセンター(?)内の巨大宙吊りマネキンの中を進む長く緩やかなエスカレーター(?)とか、ときおりシャフトっぽい演出が入ったりと、演出面でも作画同様さまざまなアプローチが見られた。演出面はアート回を除き、意図はかなり分かりやすく、前衛的ながら見ていて混乱する事は無かった。
続いて、文芸面について。本作のあらすじ的には、大学女子寮に入寮する上伊那ぼたんが、大学4年生の寮長の砺波いぶきと一緒にお酒を飲んだ事をきっかけに親密になってゆく。いぶきにとってお酒は好きだけど飲酒中のしゃっくりを見られるのが恥ずかしいから他者との飲酒を避けていた。しかし、ぼたんにだけは見られても平気、楽しく飲めるというのが全編に通底している。つまり、いぶきがぼたんだけを特別に受け入れた。これに対し、ぼたんはいぶきに百合としてどんどんのめり込んでゆく。旅先で一緒に露天風呂に入って友達の一線を越える発言とかある(ここでは関係を持ってないようだが…)。しかし、その後、友達以上の進展がない事にしだいに焦りを感じてくる。一緒に買い物に行っても、お酒以外で食いついてくることもなく、愛されている実感が持てない。いぶきが誘ってくれた旅行先のホテルでたまらず、ぼたんはいぶきに詰め寄ってしまうが、「準備ができてない」と保留されてしまう。この絶望感。この男女の修羅場みたいな感覚が生々しい。しかし、いぶきは以前約束していたピアスとニードル(穴あけ道具)を取り出しプロポーズし、二人はハッピーエンドで〆られる。という感じである。
もう1つのサブストーリーとしては、いぶきを好いていたかなでが二人の関係により負けヒロインとなり、明確な失恋を味わうという流れがある。ただし、かなでには夏に入寮した台湾人留学生の張景嵐とイイ感じの関係になってゆくという救済がある。
このあらすじをまとめていても感じるが、これはハーレクインロマンスのような恋愛小説である。そこにお酒やちょっとした哲学っぽさや映画やアートやバンドやファッションなどの子供の手の届かないところに置いてありそうな、大学生っぽくてちょっとカッコイイ感じのする要素を散りばめて味付けをしている。恋愛を扱っているから、恋愛のヤキモキしたもどかしさや、どうしようもない焦がれや、そういう要素が楽しめないと本作はキツく感じるのではないかと思う。どちらかと言えば、これは男性よりも女性向きなテーマの作品である。
繰り返しになるが、次に触れておきたいのが、嗜好品やサブカル要素について。本作には、お酒、たばこ、ファッションなどの嗜好品や、文学、映画、音楽、アートなどのサブカル要素が密接な関係を持って大量に登場する。これは、モラトリアムの出口にいる、大人だけど家庭などに縛られない自由な大学生を象徴するアイテムと言えるだろう。若さを表現していると言ってもいい。これらは、マスから見れば少数派で、知らなくても生活には困らない。だから、多数派の一般人たちはそれについての会話を聞いてもさっぱり分からない。一部の知る人だけわかるという、ちょっとした優越感。そういうモノに憧れがあり、ちょっとカッコいい。そうした雰囲気を漂わせており、それが大学生と切っても切れない関係性を持っている。ちなみに、こうした要素は逆に女性よりも男性向けである。
お酒についてもう少し言及するなら、マスブランドではなく、おしゃれな地酒を飲む。確かに、そういうお酒の方が美味い。そして、酔っぱらって少しいい気分になって地に足が着いていない状態が心地よい。これは、逆に地面に根の生えた中年と対照的である。さらに言えば、あかねとぼたんがシーシャという水タバコを吸うシーンもあった。合法だが、まるで非合法ドラッグを吸っているようなイメージで描かれた。この辺りも、少し退廃的な若者感を演出する。すべてのアイテムは、こうした大学生的な少し危うい若者を演出するために使われる。
これらの退廃的な若者というのは、昔から映画などのエンタメに登場したものだが、令和の現代においては、物分かりの良いお行儀のよい若者が増えてきたせいか、あまりエンタメの中でも見かけなくなってきた。本作では、こうした昔ながらの若者像を嗜好品やサブカルなどの文法を踏まえて描く芸風である。
話が長くなってしまったが、本作の特徴は、①嗜好品やサブカル要素で固めた、②スタイリッシュなアニメーションで描く、③激重の百合の恋愛物語という事になると思う。恋愛の楽しい部分だけでなく、振り向いてくれない切なさ、愛してくれない哀しさなど息苦しい面もかなり強く描く。それと理解すれば納得はできるが、そもそも恋愛物語が苦手だとか、恋愛に思い詰める女性の感情が重すぎると感じる人には、少々肌が合わない作品だと思う。かく言う私も、頭では理解していても、文芸に関しては少々重くて食傷気味だった、というのが率直な感想である。逆に、こういうのが大好物な人も少なからずいると思うので、そういう人は是非見て欲しい。
あかね噺
- rating
- ★★★★★
- pros
- 落語をバトル的に見せる王道ジャンプ作品としての面白さ
- 主人公あかねの屈託のない性格の気持ち良さと、魅力的なサブキャラたち
- cons
- 難を言うなら、あまりにも王道過ぎる
落語家を目指すJKあかねの物語。1期は、JC時代に父親が真打昇進試験で家元に破門されたプロローグから始まり、JKで志ぐま師匠に弟子入りし、兄弟子たちとの交流を経てアマチュア落語家の可楽杯優勝までを描く。2期は、高校卒業し本格的に入門して前座を務めるところから再開される予定である。
原作は週刊少年ジャンプ連載中の原作末永裕樹先生、作画馬上鷹将先生の漫画。監督は渡辺歩、シリーズ構成・全話脚本は土屋理敬、アニメーション制作はゼクシズ。
まず、題材にしている落語から。王道のジャンプ漫画原作ということなのか、落語の高座をバトル的に見せる要素が強い。1話で観客のウケをエフェクトや効果音で勢いを視覚化している。演出やり過ぎでは?というのが1話の率直な感想であった。こういった作品で芸事やバトルの見せ方は、素のまま描き切るか、エフェクトをテンコ盛りにするかの二択だとしたら、本作は後者を選んでいる。確かに落語を生で出されても、観客のそれまでの知識や経験に依存するし難しいだろう。それよりは、同じ落語映像でも、ドッカーンとウケている観客の反応を演出した方が、劇としては伝わりやすい。本作がバトル物と考えればなおさらである。
それに、10話の寿限無ではあかねの高座では逆に観客がリラックスして聞いている事で芸のレベルの高さを表現するという演出だった。この結果から考えても、本作は過剰にも思える観客のウケのエフェクトは必然だった事が分かる。
次にキャラクターについて。本作はキャラクターが立っているので見ていて分かりやすい。個人的には4人の兄弟子たちが、それぞれの視点であかねに落語の基礎を教えてゆく流れが好きだった。また、とうのあかね自身も性格がサッパリしていて気持ちいい。その上で、素直さゆえの可愛さも感じる。可楽杯のライバルであった練馬屋からし、高良木ひかるも魅力的なキャラだったと思う。
とは言え、本作のキャラクターで重要なのは師匠の阿良川志ぐまと、ラスボスの阿良川一生の二人だと思う。志ぐま一門は家族同然のフレンドリーさで本当の親子のような面倒見の良さがあり、それに対して落語界の破壊神として描かれる一生の対比。あかねの父親の破門が物語の根源にあり、「落語が好き」というメンタルでやってきた父親を打ちのめした一生。その一生を自分の落語で見返す敵討ちのあかね、という構図である。
一生のキャラというのは一言で言えばパワハラ親父であろう。カリスマ性も権力もあるから、正論ぶって好き勝手できる。ただ、個人的にこうしたパワハラ親父というのは、自分が気に入らない相手をイジメるようにパワハラを愉しむ。だからあかねの父親の破門も単に気に入らない弱者にパワハラしただけのような気がしている。だいたい、試験の高座の掴みが弱かったとか、観客の応援に頼った落語だったとか、物は言いようで褒める事もけなす事もできる。ただ、パワハラ親父と言うのは、正論だったりで論理武装して安全圏からパワハラを行うものである(個人の感想です)。だから、一生というキャラクターに悪役として小者感を感じてしまった。悪役だったら、もっと根っからの悪役であって欲しい、というのは少し思ってしまった。
何はともあれ、キャラクターは全般的に魅力的に感じる。これまでは阿良川の流派の中だけだった物語は、落語界全体の話に広がってゆく。12話で見せたそれぞれの流派の家元も曲者感があり、キャラクターの広がりを期待させる。
アニメーションについては、少し触れたがとにかく演出が強い。そして、キャラクターの絵は良い意味でマンガのカットのようなポーズや表情の活かし方をしており、その絵の情報量が多い。逆に長尺の1カットとかヌルヌル動くようなアニメではない。しかし、その画風と演出がマッチしていて、なおかつ勢いがあるので、テンポよく見られる。基本がバトル物なので、そういう爽快感のある映像である。とは言え、12話に志ぐま師匠からの命名のときに頭を下げたまま後ずさりするあかね、みたいなアニメである事を生かした長尺のカットもあったので侮れない。
最後になってしまったが、落語のアニメという事でやはりキャラクターの声(=喋り)の芝居が重要になる。あかね役のCV長瀬アンナは、寿限無で観客にリラックスして聞き入ってもらうという芝居を、説得力を持って演じ切っていた(もちろん効果的な演出によるところも大きいが)。本作だけではないが、2026年の長瀬アンナの活躍には目覚ましいモノがあると感じた。
2期の前座編は2027年1月からとのことなので、それも楽しみである。
とんがり帽子のアトリエ
- rating
- ★★★★☆
- pros
- 凝りに凝った設定や、ペン画テイストの妥協なきファンタジー世界創作
- 主人公ココと大人たちの思惑の2重構造の物語で、幅広い視聴者層にリーチするところ
- cons
- エモさはあるが、リアルがゆえに少々息苦しさを伴う文芸
- 作品のクオリティの高さは認めるが、真面目過ぎる
第一印象は和製ハリーポッター。ただし学生寮ではなく、師匠のところに泊まり込み修行する幼女たちという感じである。3人の女児に主人公のココが加わる流れだが、ちょっと意地悪そうなアガット、陽気なテティア、マイペースで頑固なリチェ。そして、魔法に対して強い憧れを持つ昨日まで部外者だったココ。それを見守るキーフリー先生。と言ったところが主な登場人物である。
この世界では一般人は魔法を使えない。魔法が使えるのは限られた一部の人間のみとされている。実は魔法は魔法陣を描く事で誰でも使える技なのだが、魔法が世界を壊した経緯もあり、魔法使いはその事を秘密にしなければならない。主人公ココは、1話の事件がキッカケで一般人ながら魔法の秘密を知り、一般人から魔法使いの世界に足を踏み入れた。だから、魔法使いの当たり前に対して、視聴者と同様のリアクションをする。その意味でもハリーポッターと同じ構造になっている。
少し書いただけでも色々と細かな設定が詰め込まれている事は伝わったのではないかと思うが、本作はマンガ原作が恐ろしく緻密な設定・考証で作り込まれており、そのクオリティを維持したアニメ作りになっている。キャラクターの線も多く、芝居的なデフォルメはあっても絵的な簡略化はされず、恐ろしく手間暇がかかるテイストに仕上がっている。
たとえば、背景美術で描かれる住宅や店舗などの建造物や街並みの細やかさ。写実的なだけでなく、巨鱗龍と一緒に閉じ込められた空は真っ黒で、建物は真っ白な幾何学的な高コントラストの世界。洞窟の中は過去の魔法により空間が捻じ曲げられ、鱗の様な道がくねくねしている変なトンネル。この辺りは、インクとペンで描かれた「不思議の国のアリス」の挿絵の様なテイストを感じさせる。
その上、キャラクターの作画や芝居はリアル寄りの丁寧なモノであり、やたらハイカロリーなのに、作画崩壊とは無縁の上質なクオリティで非の打ちどころがない。キャラの芝居もリアリティのある表情や仕草が中心でその辺りはかなり攻めている。
ここまでベタ褒めで来ているが、個人的には文芸面の評価は微妙に感じているところがある。本作の文芸の完成度は高いと思うが、正直見ていて気疲れするというか、重い。
幼き主人公のココの経験を物語にしてゆくのが文芸のメインだが、それとは別に大人たちの思惑や世界観に直結するイデオロギーの対立や世界の根幹に関わるような大きな物語の二重構造になっている。
まず、少女の成長という視点の物語。こちらは、魔法に憧れる一般人だったココが誤って使った魔法により母親が石化してしまい、母親を元に戻すためにキーフリー先生の元で魔法の修行をしてゆくというのが軸。その過程で、未熟さゆえにピンチに陥る事もあるが、魔法は人を幸せにするためのモノ(=傷つけたり不幸にしたりしない)というココの哲学があり、そのポジティブさで壁を乗り越えてゆく。たとえば、暴れる巨鱗龍を魔法で倒すのではなく、魔法で寝かしつけてその隙に逃げるだとか。銀彩症というハンデ(=劣等感)を持つタータに、魔法にちょっとした工夫を添える事でハンデを補い、本人に自信を持たせたり。こうしたココのちょっといい話はいくつもある。
次は、大人たちの思惑の物語。こちらは、大昔、魔法が世界を狂わせてしまったため、魔法使いと使える魔法を大幅に制限して管理した経緯があり、現在、魔法を管理しているのは魔警団と呼ばれる組織となっている。魔法の秘密を一般人に知られないようにするのが彼らの務めであり、ときに強引な介入や記憶操作を行ったりする。
これに対し、禁止魔法を開放すべきと考える過激派があり、そこの一人がつばあり帽である。彼らはココを使って、禁止魔法を世界に解き放とうと画策している。つばあり帽の悪役っぷりは徹底しており、ココに禁止魔法を使わせるために、友達のアガットを傷つけようとしたとか。無慈悲なテロリストと考えれば、そのくらいは朝飯前という感じである。
そして、その過激派を密かに追っているのがキーフリー先生。しかし、キーフリーは魔警団とも距離を取り、独自に捜査している感じである。つばあり帽たちに何らかの因縁を感じさせる。この時のキーフリーは普段の子供たちに見せる優しさとは裏腹に、寡黙でハードボイルド感溢れる表情を見せる。ココもその目的のために利用している側面がある。
この、①魔警団、②過激派、③キーフリーの三者の思惑が交差する形だが、その先には仕組まれた運命のココの存在があり、ココとキーフリーの試練があるのだろう。
とここまで書けば普通に良作だと思うかもしれないが、たとえばココは未熟さゆえに自らピンチを作ってしまったりする。また、つばあり帽やキーフリーの企みの不透明さ、不穏さが不安定な世界に対するストレスとなって、見ていて疲れるのかなと想像している。
しかし、逆に言えば、主人公にチートや無双がないこと、世界の不均衡のストレスが描かれていることは、本作が狙っているリアリティある描写と切っても切り離せない。本作はファンタジーでありながらお花畑ではない。だからこそ、残酷な現実を生きる視聴者たちに共感が得られるのだろう。このようなストレスフルなアニメ作品の最右翼は「メイドインアビス」だろうか。個人的に救済ある物語に慣れ過ぎていたので、こうしたビターな味わいの作品がたまに来ると消化不良になってしまうのだろう。本作の文芸の好き嫌いは、この辺りで左右されると思う。
氷の城壁
- rating
- ★★★★☆
- pros
- 中学時代の心の傷から他者との関わりを避ける小雪の再生のドラマと男女4人組の友情と恋愛の物語。
- デフォルメキャラの笑い多めでシリアスになり過ぎずに楽しめる作風
- cons
- 特になし
他者と群れないクールなJKの小雪、親友の美姫、美姫の男友達で高身長で朗らかな陽太と誰にでも優しい湊。この4人が織りなす、恋愛要素多めの青春群像劇。
原作は「正反対の君と僕」の阿賀沢紅茶先生の漫画。アニメーション制作はスタジオKAI。監督はまんきゅう、シリーズ構成は中西やすひろ。脚本は中西やすひろ、鈴木悠太、大鹿優、下林渓+スタジオKAIとなっている。
本作は、文芸が肝な作品だと思うので、まず物語から。
小雪は中学生時代に嫌な事件があり、幼馴染の美姫を除いて他者との交流を遮断して生きてきた。それは、美姫の両親の離婚からくる自己否定をトリガーに、バスケ部で受けたいじめや、付き合っていた彼氏の態度の悪さとか、さまざまな要因が積み重なったモノであった。しかし、高校に入学して親友の美姫の男友達、陽太と湊の4人の交流が始まり、しだいに居心地の良さを感じてゆく。
序盤は、美姫が高校生活では猫を被って友達付き合いすることに自己嫌悪して立ち直るとか、小雪が中学時代にボタンをかけ間違えた根本原因は自分の自暴自棄であったことに向き合いメンタルを回復してゆくなど、傷を癒してゆくドラマがいくつか差し込まれており、そうしたメンタルケアがドラマの1つのテーマになっていたと思う。
もう1つは、4人の男女の人間関係。皆がそれぞれに心に傷を持っていたり、心に穴が開いていたりするのだが、そんな男女が時に相手を気遣って親しい関係を作ってゆく。しかし、好きの気持ちをひた隠しにしたり、思いがけずドキドキして好きを自覚したりと、しだいに恋愛に比重が移ってゆく。
小雪⇔湊の関係は、最初は湊が無遠慮に距離を縮めて来た事で、小雪が過去のトラウマから距離を取ってしまう。拒否されたと感じた湊は好意を抱きつつも踏み込めない。小雪の方もあるタイミングから湊が可愛くなり、最終的に好きだと自覚してしまうが、引っ込み思案で言い出せない。この二人は、相思相愛なのにデッドロックの関係である。
小雪⇔陽太の関係は、傍目にはカップルだが、共に両親の離婚で心に傷を負った者同士の共感があり、恋人とは異なる信頼関係で結ばれた友達関係である。
美姫⇔陽太は傍目には友達関係だが、陽太→美姫は好きの気持ちを内に秘めており、その気持ちは小雪しか知らない。
願わくば、この際どくも尊い関係が長く続いて欲しい。

しかし、表面張力で一杯だったコップの水は、ちょっとしたキッカケで溢れてこぼれてしまう。
13話で陽太の本心が美姫に勘付かれ、14話で疑惑の中で悩む美姫に陽太が告白するが、美姫は断る。陽太を最高の友達と信じていた美姫だが、陽太の気持ちを知ってしまった今、これまでの前提がすべて変わってしまい、今までの関係には戻れない。
桃香も小雪を牽制しつつ湊を奪おうと画策している。という不穏な状態で2期に続く。
本作では、誰しも順風満帆というわけではなく、何かしら悩みを抱えている。自分らしさを押し殺して生きる自分を責めていたり。両親の離婚と言う心の穴を抱えていたり。鍵師として距離を詰めるのが上手くて表層的な人付き合いで良しとしてきたが、それゆえに好きな人に対して距離を開けられてしまうとどうすればいいかわからないとか。そうした満たされない、渇望する何かを持って生きている若者たちを描く。みな、自分に向き合ってゆくドラマ作りが本作の醍醐味になっている。
また、物語のロジックを各話で刻んでゆくスタイルのシリーズ構成で、各話のラストに新たな展開を予感させるヒキを作っている点もシリーズ物としては良かった。
キャラクター的にはやはり小雪が魅力的に感じる。導入部では小雪は被害者なのだが、紐解いてゆくと、自分自身が両親の離婚でメンタル不調な時期があり、自分の罪の部分を直視する事で根本的な自己嫌悪の源を取り除いてゆく。そうした、他人だけに罪を押し付けず、変えられる自分のマインドの部分で立ち直って行くドラマが新鮮に感じた。
最後にアニメーションについてだが、本作はシリアス要素がかなり多いが、デフォルメされた頭身のコミカルなシーンも非常に多く、息苦しくなり過ぎないようにメリハリを持たせてバランスを取っている。主人公が内向的な性格だから、ひとり言的なシーンの多くをデフォルメキャラで喋らせていたりするが、普通に他のキャラとの会話でも使う。その辺りの可愛さがあるから、クールな性格の小雪でも楽しく見ていられる。この時の小雪(CV長瀬アンナ)の声のボソボソと喋る芝居も楽しい。まぁ、動きを堪能するタイプの作品ではないので、その観点で見ると一般的なレベルの作品になってしまうが、湊の性格を表現する際に「鍵師」という事で鎖と錠前を使ったり、演出的にはドラマを分かりやすく見せる事には長けていると感じた。また、本作はその作風ゆえに各キャラの心の声を喋る芝居がかなり多い。その意味では、漫画原作ではあるが小説的なテイストを感じるところもあった。
色々書いたが、心の傷とメンタルの回復を根底に扱いながら、恋愛青春モノとして丁寧に作っている印象で、独特のコミカル描写もあり、安定して楽しめた作品だった。
淡島百景(T.B.D.)
春夏秋冬代行者(T.B.D.)
おわりに
今期はランキングの付け方に悩みましたね。5つ星は「あかね噺」のみとしました。
上伊那ぼたんは、その作風もあって割と集中して観ていたのですが、恋愛モノとして真面目に作る姿勢が見えてから、これは疲れるタイプかも…、と思うようになり、実際に最終話では、愛されない女性の辛みみたいなところからのハッピーエンドで終わったので、かなり疲れた感じがありました。アニメーションとしての出来よりも、その文芸性に疲れた感じです。
似たように、とんがり帽子のアトリエも真面目過ぎる作風で疲れました。奥深さも感じますし、世界観や物語の構造を紐解いてゆくと、ディレクションはなんとなく分かるのですが、爽快感的なところが弱いと感じました。もっとも、これも、見る時期やメンタルや体調によって、楽しめるタイミングはあるのでしょうが。
上出来なアニメーションでも、作品的には乗れない感を今期は感じていました。







