ネタバレ全開につき、閲覧ご注意ください。
はじめに
PVを観て、洒落た絵柄やキレのある動きが気になっていた作品でしたが、ちょっと重めのテーマもありつつ、最後は気持ち良く観終える事ができました。
とにかく、秋乃や動物たちが可愛いいとか、秋乃の新米コンシェルジュ奮闘記としても観れますが、今回は絶滅というテーマについて深掘りした感想・考察を書きました。
感想・考察
原作漫画について
西村ツチカ先生による原作漫画は、1巻が2017年に、2巻が2020年に出版されており、2022年3月には文化庁メディア芸術祭にて「第25回マンガ部門優秀賞」を受賞している。
『北極百貨店のコンシェルジュさん』が文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞しました。ありがとうございます。https://t.co/iu1kAvq27z pic.twitter.com/zjKqAHMRWz
— 西村ツチカ (@tsuchikamanga) March 13, 2022
なんと言っても絵柄が独特でレトロな雰囲気が心地よい。お客様の動物たちは欧米の小説の挿絵に出てくるようなインク画のテイストで描かれており、百貨店の人間もシンプルなシルエットでシュッとして描かれておりカッコ良くて可愛い。建物などの構造物や陳列される商品棚なども細かく描いたり、大胆なレイアウトを多用したり、マンガというよりもイラスト的で見ていて飽きない味わいがある。
また、単行本の先頭にウィリアムモリスの壁紙を思わせる装飾デザインを1ページ入れたり、昔のフランスのイラスト風のポスターの絵を入れたりとなかなかに洒落ている。
私は高野文子先生の漫画を連想した。ちなみに、西村ツチカ先生は男性である。
コミカルでカッコ可愛いルックのアニメーション
本作の最大の武器は、この原作由来のルックにあると言っても過言ではないだろう。
ルックについては細かな説明よりも、とりあえずこのPVをご覧いただいた方が早い。
キャラクターは、人間と動物に大きく分けられ、それぞれに特徴的にデフォルメされる。
人間のキャラクターは、原作漫画の線をさらにシンプルでシュッとしたラインに整えてきた印象である。キレのある動きと相まって、さらにカッコ可愛くなっている。
動物のキャラクターは、アニメーションゆえにインク画タッチとまではいかないが、人間とはちょっと違って、目に憂いを含んだ虚ろな表情を感じたのが印象的だった。
背景画はカラフルで、建造物などにみる精密さと、絵本のようなシンプルさが合わさった感じで、作品のファンタジー感に寄り添ったテイスト。
アニメーションとしての動きもキレキレ。コミカルなシーンが多いから、キレのある動きにがより楽しくさせるし、テンポも気持ち良い。動きの良さは、2Dアニメーションのベテラン職人の丁寧な仕事であろう。板津監督自信もアニメーター出身なので、このあたりは何度見ても飽きないクオリティになっている。
テーマ
「絶滅」と北極百貨店が存在する意味
「絶滅」とは、その生物種が地球上から完全にいなくなること。
生物種とは「生物分類上の基本単位」のこと。ある生物種の始まりは祖先種からの変異で誕生するのだろう。そして、子孫を残して、増やしてゆく事で生物種は存続できる。しかし、外敵や環境に適合できず自然淘汰されて子孫を残せない状況が発生すると、その生物種は絶滅する。
本作で登場する絶滅種について、下記の表に示す。
No.1 | 絶滅種 | 備考 |
---|---|---|
1 | ワライフクロウ | 人間により移入されたフェレットなどに捕食された |
2 | ウミベミンク | 毛皮目的で人間に乱獲された |
3 | ニホンオオカミ | 絶滅は複合要因と思われる |
4 | バーバリライオン | 見世物目的で人間に乱獲された |
5 | カリブモンクアザラシ | 脂肪から油を取るため人間に乱獲された |
6 | ゴクラクインコ | 鑑賞用に人間に乱獲された(飼育も困難だった) |
7 | ケナガマンモス | マンモスの代表、別名ウーリーマンモス |
8 | オオウミガラス | 北極にいたペンギン似の鳥 肉、卵、羽毛、脂肪目的で人間に乱獲された 人間を怖がらず捕獲しやすかった |
本作で登場した絶滅種は、人間の乱獲が原因で絶滅に至ったものが多い。そして、北極百貨店の名前は、オーナーのオオウミガラスに因んだネーミングという事に気付く。
人間だけが絶滅の原因ではないが、人間の欲望により絶滅させられた絶滅種の動物たちを、消費主義の人間の欲望の象徴である百貨店でもてなす、というのが北極百貨店のコンセプトである。それは、せめてもの人間の贖罪であり、絶滅種への供養の意味があるのだろう。
物語
絶滅種たちの接客の流れ(おさらい)
今一度、本作の物語の流れについて、絶滅種のお客様ごとに振り返って整理してみよう。
本作は、この流れの通り、起承転結の四部構成に分けられると考えていいだろう。
起は、ワライフクロウの老夫婦とウミベミンクの父娘である。ここでは、危なっかしいながらも秋乃のファインプレイにより適切な商品を販売することで、無事にお客を喜ばせる事ができた。天敵であるフェレットがワライフクロウを喜ばせたい、というのはちょっとした皮肉である。
承は、ニホンオオカミとバーバリライオンのカップルである。ここは、秋乃が「コンシェルジュの辞書にノーは無し」と無理難題に挑んでゆくところであるが、個人で解決できない問題をレストランスタッフや香水コーナーの常連客などの協力プレイでクリアしてゆく。つまり、横の繋がりである。さらにポイントとしては、婚約成立や、カップル成立をアシストしている点で、絶滅種に対して子孫を残す手助けをしているところに意味がある。また、ワライフクロウから始まった絶滅種のお客様がどんどん若くなっているのも、絶滅種の動物たちが若々しさを取り戻してゆくような印象を受ける演出だと思う。
転は、カリブモンクアザラシ(文句アザラシ?)の女性である。彼女はクレーマー客として大暴れして秋乃を困らせ、土下座させようとした。すかさず、先輩の森が毅然とした態度でクレーマー客を追い返して事なきを得たが、秋乃はトキワからお客様のワガママを助長しクレーマー客にしたのは秋乃の手落ちと責められる。実はこのシーン、他者の都合にお構いなく一方的に欲望を振りかざしたという意味で、絶滅種から人間へのしっぺ返しになっている。
ここで、三代目オーナーのエルルが、北極百貨店もそろそろ変わるべき時が来たのかも知れない、と考えていたことに繋がってくる。そして、本作は「絶滅」というキーワードをモチーフに、他者を排除せず、他者と共存し続けてゆくにはどうしたら良いか?という大きなテーマにリーチしてゆく。
決は、ゴクラクインコの母娘と、ウーリーとねこである。
ゴクラクインコの母親は、1コインで百貨店の楽しさを買って帰りたい、と秋乃に無茶なお願いをする。プライスを超えた喜びの提供という難題である。秋乃の出した解答は、バーバリライオンのカップルに北境百貨店の楽しさを存分に伝える動画作成の依頼である。なお、バーバリライオンは、北極百貨店への恩返しの意味がある。つまり、商品を売るのではなく、相手に喜びを提供するというマインドでの変化である。ちなみに、この撮影を秋乃が行ったら秋乃は百貨店店員としては失格(クビ)だろう。この秋乃のマインドが他の動物たちに伝搬してゆく事がポイントである。これは生物種を超えた横の繋がりである。
ねこは彫像家として尊敬するウーリーの氷の彫像を壊してしまう。ウーリーはかなり前に亡くした妻への喪失感を持ち続けていたが、壊れた氷の彫像が妻のお気に入りだったことがさらに不運である。ウーリーは亡くなった妻の思い出さえ、だんだん失われてゆくという悲しみに打ちひしがれる。ここで、パティシエだったねこは謝罪として、ウーリーと妻の形を模したお菓子を彼に贈る。これを受けてウーリーは妻との思い出を鮮やかに蘇らせ、凍てつく心を少しだけ氷解させた。つまり、消えてゆく(=絶滅)の悲しさの中にあっても、思いがあれば心の中に生き続けるという救いである。そして、これは尊敬する師匠と弟子の繋がりでもあり、すなわち過去から未来への繋がりでもある。別の言い方をすれば、受け継がれる事で持続可能な世界(=絶滅せずに済んだ世界)である。
北極百貨店の未来の形
まず、エルルと秋乃のキャラクターの立ち位置を再確認しておく。
エルル(オオウミガラス)は北極百貨店のオーナーであり、絶滅種の象徴である。
人間のエゴが動物たちを絶滅させたのであり、その消費社会というエゴの象徴が百貨店である。北極百貨店は、店員が人間でお客様が絶滅種という逆転の構図で、人間に絶滅種への罪滅ぼしさせる、というのがコンセプトであった。それはエルルの先々代が始めた事であったが、エルル自体は北極百貨店の未来について考える事があった。
それには、おそらく2つのポイントがある。1つは、今回のカリブモンクアザラシのように欲望で人間を傷つけてしまったら、報復合戦の堂々巡りになってしまうという矛盾をはらんでいること。もう1つは、時代を経て人間が欲望のままに乱獲するようなことはなくなり、もう十分に反省して罪滅ぼしをしてきたということ。
そんな中で、エルルは人間の秋乃の存在に注目する。従来のコンシェルジュの仕事は、お客さの本当のニーズを引き出してサービスを提供し商品を売る事にあった。新米の秋乃もそれにならって、お客様に笑顔で帰ってもらうべく奮闘する。しかし、秋乃のがむしゃらな行動はコンシェルジュの仕事の枠を超えて、百貨店の他の店員やお客様も巻き込んで、お客様を笑顔にするためにさらに踏み込んだ行動をしてゆく。
ゴクラクインコの要望に1コインで対応するために、北極百貨店で廃番の香水を提供したバーバリライオンのカップルに、北極百貨店の楽しそうな雰囲気をスマホカメラで撮影してもらう。動物たちの種を超えたギブ(与える)の伝搬が、動物たちを笑顔にしてゆくという好循環を秋乃が構築してゆく。これは、かつての人間や今回のカリブモンクアザラシの一方的なテイク(=強奪)の排除を意味する。
エルルは、秋乃を見て、新しい時代の北極百貨店の未来を感じたのだろう。本来飛べないオオウミガラスも、時代の変化に順応して変わらなければならない自覚を持って、百貨店の上階からジャンプした。それは、人間の罪を赦し、北極百貨店のコンセプト自体も変えてゆく、という決意に感じた。
このような物語の〆方は、全員が善人である前提の甘い話に感じるかもしれない。しかし、物語というのはこうした救いがあってのものであろうし、これは私好みの展開であった。
音楽
とりあえず、PVで聴いた北極百貨店のサウンドロゴが、頭に残って離れない心地よさがあった。音楽はtofubeatsだが、劇伴全体としてみても、変に音だけが主張するということもなく、作品にマッチしていたと思う。
主題歌の「Gift」は、作曲編曲をtofubeats、作詞と歌唱をMyukが担当している。
今回の曲は明るくて楽しい雰囲気だが、Myukさんはもともと渋めのアコギでカッコ良く弾き語りをするシンガーの印象が強い。YouTubeチャンネルにオリジナル曲や、カバー曲の再生リストがあるので、興味を持った方は、是非聴いて欲しい。
おわりに
本作は、まずルックが好きすぎたところから入ったのですが、以外にも「絶滅」と「共存・共生」というテーマを抱えたちょっと良い話であり、そこが気に入りました。多くの人が気持ち良く観終えられる良作だと思います。
是非とも多くの人に観ていただいて、ヒットして欲しい映画だと思いました。