ネタバレ全開につき閲覧ご注意ください。
はじめに
なかなかの大作映画。ちまたの評判もすこぶる良いという「ウルフウォーカー」の感想・考察ブログです。
私はもともと、カートゥーン・サルーンのアニメーションは好みであり、前作の「ソング オブ ザ シー」を観て好印象を持っていました。今回、同社作品の視聴は2作目となりますが、期待を裏切らない、そしてダイナミックさでは前作を超えた力強さを持った作風に感じました。
視聴直後は、心に違和感なく染みてくる感じで、ブログに書く事はあまりないかな、と思っていたのですが、いざ書き始めて、アイルランドの歴史などに少し触れると、色々と書き留めたくなり、想像以上に書くのに時間がかかりました。
以下、いつも通りの感想考察です。
YouTubeの解説・考察動画について
考察ブログで藪から棒に、こう書くのも何なのだが、本作の考察・解説動画(約62分)があるので、是非、一度見て欲しい。
本作は、アイルランドの歴史や背景の上に作られた作品であるため、それらの知識を有していた方が、より深く理解出来ると思う。
動画は、パンフレットにも解説を書かれている、ケルト文化に詳しい鶴岡真弓教授によるものであり、下手な素人のブログを読むよりも、よっぽど正確に背景を知る事が出来ると思う。
幾何学的な記号の意味、色彩の意味、狼主観の映像の意味など、色んな所で考察されているであろうから、私のブログではそれらの詳細は割愛する。
感想・考察
デザイン面(カートゥーン・サルーンのアイデンティティの貫禄)
キャラクターデザインは、一目見てカートゥーン・サルーンと分かる独自性を持ったデザインだと思う。図形としてはシンプル。わりと横顔のカットも多い。だけど、動いた時に全くたどたどしさが無く、生き生きと動く。非常にリッチで安心感がある。
余談ながら、キャラクターデザインのデフォルメ具合だけで言えば、パワーパフガールズのデザインが似ていると常々思っている。
今回、キャラクターと背景美術のダブル監督の体制をとっている。それだけ、背景美術が本作に占める領域が大きく、キャラクターと背景美術が共に主張し、互いに相手を潰さずに魅力を引き出してゆくという制作意図だと想像する。本作では背景は役者と同じで、デザインやカラーに意味がある、時に雄弁に物語を語る。
例えば、後半でイングランド軍が持つ炎は白と赤で表現される。それは、イングランドの国旗の色を示す。そして、狼を駆除すべく森林深く進軍するイングランド兵で、観客はイングランドのアイルランド侵略を連想する、といった具合である。
デフォルメして抽象化して描くからこそ、そこにノイズの無いメッセージが込められる。無から作るからこそ一つ一つのデザインに意味がある。その、考え抜かれた映像が、カートゥーン・サルーンの真骨頂だと思う。
背景その1(ケルト文化とアングロ・サクソン文化の対比)
日本人の感覚だと、自然対文明とか、「もののけ姫」だとか言われがちだが、上記の動画では、ケルト文化とアングロ・サクソン文化の対比として書かれている。私が映画で感じた違いは下記。
- ケルト文化(メーヴ、モル、狼たち)
- 自然と人が共存(それぞれの領域を守る)
- 自由
- 無益な争いはしない
- アングロ・サクソン文化(ロビン、ビル、護国卿)
- 人間中心主義
- 組織による統制・束縛(=不自由)
- 不都合な相手を力でねじ伏せる
メーヴ達の活動は自由。森を守るために人間に警告はするが、無意味な争いはしない。今回の件も母親が見つかりさえすれば、さっさと別の土地に移動するつもりだった。
これに対し、護国卿が率いるイングランド軍は統制の取れた組織であり、トップダウンの命令で機能する。劇中では護国卿は、規則を持って民を統制し、規則に従わない者には罰則を与えていた。ロビンの「今だって牢獄だわ!」と父親の「怖いんだよ!」(うろ覚え)の台詞が強烈に記憶に残っている。では、トップである護国卿は何に従い動くのか? それは、キリスト教の「主」の意志に従う。護国卿もまた、ある意味不自由な存在として描かれる。
なお、このような組織統制は、何もキリスト教や宗教に限った事ではなく、現代社会である程度以上の規模を持つ組織であれば、多かれ少なかれ、こうした不自由は伴うものであろう。
背景その2(クロムウェルのアイルランド侵略)
本作の護国卿のモデルは、クロムウェルだと言われている。そして、アイルランドといえば、カトリックとプロテスタントの根深い衝突を連想する。
本作の舞台、アイルランドのキルケニーは、当時カトリック同盟の首都であった。そこに、プロテスタントのクロムウェルが侵略に来たという構図である。本作について、プロテスタント教徒、カトリック教徒、森の狼の3つのグルーピングで整理してみる。
項目 | プロテスタント教徒 | カトリック教徒 | 森の狼(ケルト文化) |
---|---|---|---|
所属国 | イングランド | アイルランド | - |
登場人物 | 護国卿(クロムウェル) グッドフェロー(父親) ロビン |
木こり いたずらっ子 |
モル(母親) メーヴ |
居住場所 | 城壁内 | 城壁外周辺 | 森林 |
侵略以前の関係 | - | 狼と共生 (狼の領域に近づかない) |
人間と共生 (人間の領域に近づかない) |
侵略以後の関係 | カトリック教徒を支配 狼狩り、森林伐採 |
プロテスタント教徒による 侵略・支配 (一部に伝承信仰残る) |
プロテスタント教徒による 狼狩り、森林伐採 |
ただ、本作ではカトリック教徒のアイルランド人の描写が少ない。プロテスタントvsカトリックは現代でも揉めている事案なので、そこを生で描くにはガチで差し障りがあるため、イングランドvs森の狼の構図を取っているのだと想像する。
本作は一応、勧善懲悪の構図を取る。メーヴが善、護国卿が悪である。
徹底したトップダウンの恐怖政治としての護国卿率いるイングランド占領軍は、トップからの命令に従い、従わぬ者には罰則。そして、その命令は護国卿というトップに集約されるが、その護国卿もまた「主」に従い主体性を持たない。
ある作戦行動について、その責任の所在を明確にしようとしても、どこまでも上位層にあがってゆき、結局、現場では誰も罪の意識を持たず、誰の意志も介入せずに大罪を犯すという、ユダヤ人迫害を行ったナチス・ドイツを題材にした映画、「ハンナ・アーレント」)を連想させる。
とは言え、私自身は本作は正義と悪の対決がメインの物語とは捉えていない。本作は、束縛による不自由からの解放の物語である、と考えている。
テーマ(二つの文化の中で板挟みになる葛藤のドラマ)
ロビンはウルフウォーカーになった事で、相容れないイングランドと森の狼の両方のグループに属する事になった。これにより生ずる、あっちを立てればこっちが立たないという板挟みの悲劇が本作のドラマの中心にあったと思う。
ロビンは、植民地アイルランドに入植したイングランド人として、行動に制約を受けてきた。具体的には父親の言いつけによる外出禁止。そもそも、侵略後の植民地の治安が平和とも思えないし、一歩城壁の外に出れば、イングランド人を憎むアイルランド人が大勢いて、身の安全を考えれば当然とも言える親心である。
しかし、この束縛が子供にとって良い事とは思えない。できるなら、外の世界をのびのびと駆け回り、自由に遊んで欲しい。
このロビンの自由に走りたい気持ちを共有するのがメーヴである。ハンターとして狼を敵とみなしていたロビン。人間を威嚇して森林を守ろうとしていたメーヴ。全く住む世界の違う対立する2人は、子供の純粋さで親友になり、意図せずウルフオォーカーの契約を交わす。ここでロビンは二つの社会に属する事になり、父親とメーヴの二者に板挟みの存在となる。
狼たちを殺さないで、というロビンの願いは合理的で至極真っ当。母親さえ見つかれば、狼たちは別の土地に去ってゆくという話なので、誰の血も流さずにWin-Winの関係である。しかし、父親が行き過ぎたロビンの行動を叱咤し、その提案が父親に届く事は無かった。
途中でウルフオォーカーの狼主観を体験するロビン。城壁を越え、森林をメーヴと駆け回る楽しさを満喫する。今までの閉じ込められた世界とは真逆な自由な時間。深まる友情。
そして、城内の高所の一室に閉じ込められるメーヴの母親との会話。私を逃がすよりも、メーヴに逃げてと伝言して、と約束する。
物語は、イングランドと狼たちの衝突に向かってゆく緊張感の中で、父親に狼を殺さないでと言っても伝わらず、メーヴに逃げてと言っても城壁内で暴れてしまい、それでも一発触発の争いを防ぎたい気持ちで最善と思われる行動をする。
この時のロビンにかかるストレスはとても大きい。ここまでのドラマの見せ方とストレスの積み上げが非常に巧く、ドラマの山場の一つになっている。
結果的に、ロビンは父親を裏切り、メーヴの母親と共に森林の中に逃げる選択をする(成り行きでもあったが)。今度は、離れ離れになった父親との対峙である。
父親も、狼を殺す職務にことごとく失敗し続けたことで護国卿からの風当たりも強くなり、同時にロビンからも狼を殺さないでとの無茶なお願いに頭を抱え、メンタルをすり減らし続けてきた。父親がメーヴの母親に致命傷を負わせたのもロビンの身を案じての事だったが、逆にロビンの反発に合う。手元には意識の無いロビンの身体が残っているが、一方的に言い付けるだけで、娘との対峙を避けて来た自分にそろそろ気付き始める。
ここで、父親はロビンと護国卿との板挟みで葛藤する。父親にとってロビンはたった一人の家族であり、ロビンを失う事は生きる意味を失う事に等しい。この父親のストレスの積み上げも、ロビン同様に丁寧に描かれており、ドラマは強く演出される。
終盤で父親もウルフオォーカーとなり、今までロビンのためにと忠義を尽くしてきたイングランドを裏切り、狼の姿で護国卿からロビンを守る。そして、ロビンも人間の姿で父親を守る。護国卿は谷底に落ち、親子の信頼関係は取り戻される。
本作を観終えた時の私の率直な感想は、ロビンと父親の板挟みの葛藤の強烈なドラマ、であった。このダイナミックさは本作の大きな魅力になっていると思う。
本作のストーリー展開は大雑把に言えば、クライムアクションなのであるが、人間ドラマの軸が明確な事、その積み上げと見せ方が巧い事、そして、それを支える演出が丁寧である事で、混乱なくロビンや父親のストレスを体験し、その後の解放感を味わうことが出来る。芸術的なビジュアル面の高評価はよく拝見するが、こうした文芸面、作劇面の実力も高いと感じた。
メッセージ(束縛からの解放と子供の友情と親子の愛)
最終的にロビンと父親は、束縛のイングランドを捨て、森林の狼たちに属して自由を手に入れ、親子の愛情を取り戻す。
二人は儀式を経てウルフオォーカーに属しているので、その状態では今まで以上にイングランドに属して暮らすには適さない体になってしまっているという面もある。
いつの時代も、社会による束縛の息苦しさは多かれ少なかれあるのだと思う。束縛は、法律や条例の社会的ルールであったり、時として雰囲気で縛る同調圧力であったり、本作のような恐怖政治だったり様々である。そして、束縛には正義の大義名分や、集団の中の最大公約数的な妥協であったり、なんらかの理性が働いている場合が多い。人間はその理性と本能の間で葛藤しながら生きている。
分かりやすい例だと、サラリーマンが家族との暮らしを大切にしたくて住宅を購入した直後に、会社から単身赴任の依頼がくるという、会社あるある話。会社に尽くすか? 家族との時間を優先するか? こうしたストレスに人間は日々さらされているからこそ、本作の束縛からの解放の物語に救われるのだろう。
ちなみに、一昔前なら会社のために単身赴任するのが当たり前の空気の方が強かった様に思うが、昨今では働き方改革や家族有っての仕事という考え方も浸透してきて、単身赴任を断るケースも多いだろう。ただ、上長はそこで単身赴任できない理由を求める。さらに上の上長にも説明、説得する必要があるためで、そこを用意して断るのが大人という事になっている。本作では敵の護国卿が恐怖政治であった事もあり、言い訳は通用しない。
そうした、束縛の壁を打ち破る原動力になったのは、ロビンの場合は友情であり、父親の場合は親子愛である。これらは、国や思想を超えて、全ての人間(=動物)に備わるモノであり、境界線を越えて通じあえる概念である。人間である以上、そこは大切にしてゆきたい、というメッセージに感じた。
ラストの余韻(新天地を求めて移動した狼たちについて)
ケルト文化を象徴する狼たちとウルフオォーカーは、一つの土地に固執する事無く、新天地を求めて移動した。
これについて、イングランドに駆逐されたという意味では戦争に負けたのではないか? という意見があるのもごもっともである。しかし、狼たちは侵略者ではなく、殺りくを好まず、ただ境界線を引いて、共生をしたいという主張であったと思う。これに対し、イングランドは不都合な事は相手を殴り倒して、時には殺りくして服従させてきたという集団なので、両者の主張は相容れる事は無い。
本作がここで話合いの解決をする、などの建設的和解を提示しなかった事は、ある意味リアルで、ドライで、そして非常に誠実である、と感じた。
ここは分かり合えるハズ、と楽観的に考える人もいるかもしれないが、侵略者とのパワーバランスを取る事は簡単ではない。
そもそも、狼たちはこの事件を、勝った負けたで捉えていない。イングランドの侵略を大地震や巨大隕石落下の天変地異みたいに感じているのではないかと想像する。
共生とは、イングランド侵略前のアイルランド人と狼たちのように、境界線を設けて互いに領域を犯さない事でしか解決しないのだと思う。
狼たちが本当に苦労するときがくるとすれば、世界の果てまでイングランドが侵攻してきて、もう森林が残っていない、という状況であろう。おそらく、その時は狼が絶滅する事になるが、それもまた哀しき運命なのかもしれない。
その時、我々は心の中で、本作のイングランド人のような振舞いをしていないか?と問いかける事になると思うが、それは、絶滅する前に回避しなければならない事なのだろう。
おわりに
本作の凄い所は、子供でもそのテーマに触れられる間口の広さと、アイルランドの歴史を知り、ラストを考えると、更に味わいが増すと言う、一粒で二度美味しい深みを持った作品である事だと思います。
もう、その意味で万人にオススメできる作品です。公開劇場は細く長く、という状況ですが、トレーラーを見て気になった人は、機会あれば是非見て欲しい、と思える作品です。