たいやき姫のひとり旅

アニメ感想など…

2021年夏期アニメ感想総括

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はじめに

2021年夏期アニメ総括です。今回、最終回、クール区切れまで見た作品は下記です。

白い砂のアクアトープは2クール作品ですが、1クールで明快な区切りになっているので、1クール目の感想を書きます。

マギレコ2期は、まだ視聴中で、後日追記予定です。 マギレコ2期について追記(2021.11.10)

感想・考察

小林さんちのメイドラゴンS

  • rating ★★★★★
  • pros
    • 今まで通りのクオリティで、深夜アニメに帰ってきた京アニ作品
    • 1期に比べ、キャラを掘り下げ、キャラに優しくなった作風
  • cons
    • 特に無し

1期は2017年1月~4月放送。途中、7.18事件があり、事件後初の京アニのテレビアニメ作品として、満を持してのメイドラゴン2期である。

なお、1期についてはブログ記事にまとめているので、下記を参照頂きたい。個人的な1期の感想だが、日常ギャクをベースとした作品で、人間とドラゴンの社会や種族の違いのギャップを扱ったドライなドラマもあり、武本康弘監督の奥深い作風と、京アニの暴力的とも言える作画・演出の魅力に痺れていた。

本作は、7.18事件で亡くなった武本監督の遺作でもある。作品を引き継いだのは石原立也監督。武本監督はシリーズ監督という肩書でスタッフリストに並ぶ。

2期では、1期同様に軽快なギャグと、シリアスなドラマ、何気ない日常の幸せ、こうしたモノが編み込まれて描かれる。演出・作画・動画は流石の京アニクオリティであり、1期と比べても全く遜色ない。間にヴァイオレット・エヴァーガーデンを挟んでいるからなのか、1期に比べて映像がより艶っぽくなったように感じた。

相変わらず個性的なドラゴンたちだが、2期では新キャラのイルルの追加、エルマの深掘りなどの変化があり、キャラクターにより奥行きを持たせてきた。

イルルは、深層心理にある人間と遊びたい気持ち、それを上書きし否定するドラゴン社会の人間を殺戮すべしとするルール、この相反にコンフリクトを起こした。これに対し、「私に騙されてみない?」という小林さんの言葉が優しい。イルルの現状の混沌勢の立場を否定する事無く、小林さんに罪を押し付ける事で、自分に素直に行動すれば良い、というイルルに対する助け船である。イルルはこの提案に乗っかり、小林家に居候し、5話で駄菓子屋のバイトを始め、子供達やタケトとの交流をしながら過ごしてゆく。8話で駄菓子屋に忘れられた(=捨てられた)人形を持ち主に届けるが、人形=大人になると卒業してしまう子供心の象徴であり、他人のそれも大切にしたいイルルの今の気持ちを描いた。過去の自分に折り合いを付けるために、イルル自身が主体となって行動する事に意味がある。それを理解して陰からサポートする小林さんとトール。寄り添って一緒に行動したタケト。それぞれにイルルに対する優しさを感じた。

カンナは、相変わらず子供全開な面と、周囲に気配り配慮できる思慮深さを持ち合わせていた所が印象的だった。6話で才川と二人で河川の上流まで弁当持参で歩く。河川の合流地点で老夫婦から、川の流れが人の都合によって変えられた経緯があった事を聞き、「私も変われるかな」と言うカンナ。人と川(≒ドラゴン)とも解釈でき、相手の都合に合わせて変化する事で共存してきた歴史的経緯を、才川と自分に重ねてみたのだろう。10話はまさにカンナ回。Aパートの家出してNYCでのクロエとの短い交流。小林さんと喧嘩して引っ込みが付かなくなるが、帰れる「おうち」がある事の幸せを、家出少女のクロエと交差させながら噛みしめる。Bパートは、夏休みの午後の一日を過ごす小林さんとカンナの切り取るが、そこに物語は無いという攻めた脚本。宿題の書き取り、そうめん、すいか、麦茶を買うためにお出かけ、猛暑、蝉の抜殻、河原、蛙、蟻、マンホール、自由研究、喫茶店、かき氷、クワイエット君、通り雨、雨宿り、てんとう虫、雨上がり、虹、おうち帰ろ、ただいま。カンナの子供視点で見えるモノを描くだけの日常回。少し話が脱線するが、猫の親子の散歩を見た事があるだろうか?子猫の好奇心にまかせて自由に歩かせて、後ろから親猫が見守りながらついてくる。とても微笑ましくて尊い光景であるが、Bパートはそれを連想させた。Aパートの家出があるから、Bパートの日常の幸せがより尊く感じ去れる。ほのぼのした良回だった。

エルマは、これまでのトールとの交流と、現在のトールに対する気持ちの整理が描かれた。時系列的に言えば、トールが一人旅で世界を見聞する。神と敵対すべきドラゴンでありながら、神として人々に崇められるエルマと出会う。そこで、混沌勢や調和勢という枠組みから少し外れた二人が、互いにひかれ合い意気投合する。しかし、互いの信念が噛み合わず喧嘩別れする。ここで面白いのは、思想などの違いがあっても折り合いを付けようとする小林さんのスタイルとは真逆な関係である。お互いに純粋であるがゆえに譲れない。その後、エルマはトールが移り住んだこちらの世界に乗り込んで、会う度にトールと口喧嘩をする。9話では、溜まりに溜まったトールへの気持ちをついに爆発させ本気のバトル。こちらの世界に来てトールにつれなくされる事に耐えられない、昔の様に仲良くしたい、というエルマの告白とトールの謝罪。殴り合いの喧嘩は引き分け。思想を脱ぎ捨てて、ありのままの心で友情を語るという意味では、イルルのルールを捨て本心を尊重するというドラマに似た構造を持っていたと思う。

トールについては、11話でこっちの世界に来るまでの経緯を1期よりも詳しく描く。あちらの世界のドラゴンは徹底的な個人主義。集団や派閥や肩書や親子の情は人間との関りで導入された概念であり、後天的に定着していった習慣である。ドラゴンが人間に害悪のレッテルを貼るのもその一環。混沌勢という枠組みも、終焉帝の娘という肩書も。終焉帝は、人間によりもたらされ変わりつつあるドラゴンの慣習に対し、トールに先入観を持たずに自分で見聞きして考えさせるために、トールを一人旅に出させる。その親心さえも人間の影響と自覚しつつ。その結果、トールは枠組み肩書に縛られる自分の不自由さに耐え切れず、自分の戦いを終結するために、バグって暴走し、神様に突進し、致命傷の痛手を負ってこちらの世界に来た。属する社会を失い、何者でもない孤独な存在として、たった一人取り異世界に残された時の孤独と恐怖。そのトールを拾いすくい上げ、居場所を提供した小林さん、という流れ。トールの「今わかりましたよ。私はメイドになりたかったんです」の台詞。とりあえず、束縛から逃げる事は考えていたが、具体的に成りたいモノは無かった。小林さんのメイドとして人生を歩む事が、全てを失ったトールに人生の生きる意味を与えた。寄り添って、与え、与えられる関係を心地よく思った。という振り返りだったと思う。

そして、最後に小林さん。12話は、トールの小林さんへの求愛に対する回答である。トールは言ってみれば、かなり重いモノを背負っていながら、明るく献身的に尽くす、出来過ぎた押し掛け女房である。1期OVA14話では、小林さんはトールに対して恋愛は要らないとキッパリと振っている経緯がある。物語として納得は出来るがトールに対して残酷過ぎると感じていた。

これに対し2期は、小林さんのトールに対する思いを「飲み込んどこ」、翔太ルコアを引き合いにトールが他の人を好きになったら「ざわざわするよなぁ」、花火の告白を「トール重いっ」、花見で現状を「ま、いいんじゃないの、今は気にしなくても」と言い、最後にプロポーズして追っかけてくるトール達から逃走しながらも、まんざらでもない風な微笑みを浮かべて2期を終わらせた。つまり、小林さんはトールの求愛に対して、お茶を濁して回答を先延ばしにした形、とも言える。1期なら明確に求愛を断った小林さんが、2期では複雑な思いを抱きながら返事を曖昧にした事で、かなりマイルドで優しい演出だと感じた。

もちろん、コメディをコメディとしてベタに終わらせただけ、という見方もあるだろう。しかし、2期はどのキャラに対しても優しさを持って描かれていた部分が存在していたと思う。そして、これは1期のドラマ志向の武本監督と2期のキャラ志向の石原監督の作風の違いによるものではないか、と想像している。

最後に本作のテーマについて。ずばり、2期のテーマは本音(こうありたい自分≒子供)とルール(ねばならない自分≒大人)のギャップに対する葛藤だったと思う。イルルも、トールも、集団や組織の中で生まれるルールと、自分の感性や本心にギャップがあり、葛藤があり、苦しんできた。自分を押し殺してルールに従ってもストレスが蓄積し心が病む。2期では、自分に素直に生きる事を小林さんが許す事で、ドラゴン達は癒されて生きて行ける。カンナは10話でも描かれた子供としての自由さの中で、のびのびと生きている。エルマとトールは、思想の違いから衝突し喧嘩別れしたが、思想を一旦脱いで、素直な自分をさらけ出して親友に戻れた。ちなみに、ファフニールとルコアは元から枠組みに属さずに自由だった。

本作では、こうありたい自分(≒子供)を優先する事で救われる物語を描く。もちろん、自分を優先するために常にルールを破れば万事解決というモノではない。葛藤があるからこそのドラマであり、だからこそ視聴者も救済される。余談ながら、アニメ映画の「ウルフウォーカー」も同様なテーマが描かれていた。組織に準ずる息苦しさを描くエンタメ作品が同時期に出てきた事は、時代を反映しているテーマといえるのかもしれない。

白い砂のアクアトープ(1クール目)

  • rating ★★★★★
  • pros
    • 女子が女子っぽい、軽快で爽やかな脚本
    • ファンタジー要素で解決させない、基本はリアル路線の物語のバランス感覚
  • cons
    • 特に無し

制作P.A.WORKS、監督篠原俊哉、シリーズ構成柿原優子の座組は「色づく世界の明日から」に続くモノであり、この時点でクオリティはある程度担保されていた。前作が台詞による説明を極力排して絵画的(=絵本的)な物語を見せていたのに対し、今回は、夏、沖縄、水族館というモチーフを使い爽やかな青春群像劇を描く。その中に、海、生命、生き死にというテーマを組み合わて物語にコクを出す作風である。

映像はいつものP.A.WORKSクオリティ。海や空や水族館の魚などは期待通りの綺麗さ。沖縄の古民家、夜の砂浜、心地よさそうなロケーション描写で沖縄に行きたくなる。

水族館が舞台という事で、その辺りの設定も丁寧。設備や業務、台詞に十分にリアリティを与えていた。

個人的には柿原さんのシリーズ構成と脚本陣に注目していた。担当脚本としては、柿原さんが1,2,3,5,7,9,12話、千葉美鈴さんが4,6,9,11話、山田由香さんが10話という、全て女性脚本家が書いている。柿原さんはアイカツシリーズの、千葉さんはアイカツプラネット!の、山田さんはメイドラゴン、わたてん、恋アスのシリーズ構成の実績があり、女子を女子っぽく書ける脚本家を揃えて来た感がある。個人的には、千葉さんの脚本の軽快さが特に印象に残った。

1クール目を4パートに分割するとこんな感じか。

話数 日付 要約
序盤 1話~5話 7/19-7/30 風花が夢破れ、がまがまで生きる気力を取り戻す
中盤 6話~8話 8/1-8/22? くくる達の頑張りで水族館売上UP。各サブキャラ掘り下げ
知夢回 9話 8/22?-8/24 ティンガーラから来た知夢のがまがま研修
終盤 10話~12話 8/25-9/1 くくる最後の悪あがき、閉館受け入れ、ティンガーラで働く決意

まず、全体の流れから少し浮いている9話の知夢回について触れておく。がまがま水族館に研修に来た知夢が、くくるの仕事を甘いとし、がまがまに対する悪い印象を持って研修を切り上げる。この話は直前、直後の流れに直結しない。おそらく、2クール目のティンガーラ編を加速スタートするための予備動作的な回だったのだろう。

序盤は、風花のアイドルの夢が破れ、がまがま水族館との巡り合わせで、再び生きる気力を取り戻すまでをゆっくり丁寧に描く。繰り返しになるが、本作は女子が女子っぽく描かれるのが美点である。風花は、実家の出戻り慰労会が嫌だったから、ふらっと沖縄に逃げてきた。4話で元アイドルがばれて動揺する風花と、それを気遣うくくる。くくるは無理強いだったらごめんと謝罪し、風花はくくると仲良くなってもっと知りたかったからと気付き、くくるは私もと同意する。この辺りの感情の作り方、話の流し方が非常に女子っぽいと感じる。おそらく、男子ではこうはならない女子特有のロジックでの振る舞いであり、見せ方が軽妙であっさりしていて爽やかで良い。ちなみに、4話の脚本は千葉美鈴さん。

中盤は、くくるの頑張りを軸に、周辺キャラの、うどんちゃん空也、うみやん、夏凛の掘り下げ。キャラが全員嫌味が無く爽やかな点も本作の特徴である。個人的には、かき氷回のうどんちゃんと母親のやり取りが良かった。一見、放任主義風な母親だが、創作料理の自由さを思い出させるマンゴーラフテーのヒントを与えて乗り越えさせるスタイルが良かった。盛況に終わった日の夜、そのマンゴーラフテーを食べてダメ出しする母親。娘の成長に感じる喜びや寂しさや複雑な気持ち。風花の母親の描写もそうだが、そうした母親の娘への思いを上手くドラマに盛り込んでいた。

終盤は、くくるが閉館を受け入れ、号泣し、がまがまを閉じる話。くくるが閉館を拒む理由が、ここだけが唯一両親を感じられる居場所だったから。聞き分けの無い子供のワガママと言えばそうなのが、くくるは子供だから仕方ない。周りの櫂、夏凛も閉館を受け入れざるを得ない事を感じつつも、くくるにどう言えばよいかは分からない。おじいも頭ごなしに諦めさせず、くくるが老朽化で魚を飼育できない事を理解するまでじっくりと待つ。そして、台風一過の後、おじいはくくるに感謝とねぎらいの言葉をかける。くくるは閉館を受け入れて号泣する。全てが終わり、空っぽになったくくるの心に次の目標を設定させた風花の励ましがあり、1クール目は終了。

繰り返しになるが、序盤は風花が夢を無くしたところから生きる気力を取り戻すまで。中盤終盤はくくるが大切にしてたモノを失う運命を受け入れるまで。そして12話で、今度はくくるが夢をなくして次の目標を設定する所で終わる。つまり、風花が受けた恩を、くくるに恩返しするという流れである。序盤の風花がひどく自信を無くしていたのに対し、中盤以降は風花の堂々とした態度の切り替わり、同時にくくるに対するしっかり者の姉ポジションになってゆく。この風花とくくるの疑似姉妹関係が肝である。

本作では、基本的に奇跡が起きて物理的に局面を打開する事は無い。幻空間がキャラの意識に作用して本人の気持ちを整理したり、大切な事を思い出したりする、という程度の奇跡である。キジムナーも、くくるの亡き双子の姉も。はじめから、閉館は運命であり、そこを覆す物語ではなく、どう折り合いを付けて行くかのドラマである。だから、ファンタジー要素はあったものの、基本的にはリアル寄りの作劇だったと思う。

もう一つ、作劇的な話をすると、本作のキャラには、恨み妬み憎しみ蔑みと言った負の感情が出てこない点が爽快感の要因になっていたと思う。奇跡も無く、負の感情も無く、爽やか路線。ゆえに、作劇的にパンチが弱いと感じる視聴者が居るのも分かるが、私的にはこうした地味ながら爽快感のある物語を、非常に誠実に感じたし、とても心地よく楽しめた。

かげきしょうじょ!!

  • rating ★★★★★
  • pros
    • 演出、作画、芝居の3拍子で見せる演劇の迫力
    • 深みあるサブキャラの掘り下げエピソード
  • cons
    • 特になし

宝塚を模した紅華歌劇団。その人材育成のための紅華歌劇音楽学校に100期生として入学した女生徒の描く青春群像劇。入学1年目は予科生、2年目は本科生という上下関係。様々な視点と愛情で生徒を指導する先生たち。そして紅華歌劇団の先輩方への憧れ。様々なグループとの関りの中で、憧れの舞台を目指し切磋琢磨する主人公達。

本作は演劇を題材にしている事もあり、舞台の稽古などの芝居の熱量や迫力が伝わってこそのドラマ。その辺りは演出、作画、演技ともに熱量高く、凄い芝居をしている事を視聴者に確実に分かりやすく伝たえる出来の良い映像。日常パートの緩さと、稽古などの緊張感の高まりのメリハリも良く、非常に見易く楽しめた。

逆に、作中で歌舞伎の見栄の話も出ていたが、カッコいいシーンを止めて客に見せるという感じで、動画でヌルヌルと動かすような映像ではなかったが、その意味でも少女マンガテイストの風味を的確に料理していたと思う。

本作の主人公は、予科生で歌舞伎の夢断たれた高身長のさらさ、男性嫌いで国民的アイドルグループから逃げてきた奈良田の二人。そして、目立たない山田、祖母と母が紅華歌劇団員だった星野、双子の沢田姉妹、委員長の杉本。主人公の2人以外も、それぞれのキャラが深掘りされる当番回があり、それぞれのカルマを芝居に変換して輝きに変換してゆく物語がある。

例えば、主人公のさらさは男役のオスカルを目指す屈託のないキャラなのだが、小演劇のオーディションでロミオに殺されるティボルト役に挑戦する。敵役ゆえロミオを憎むのだが、その憎みの感情が分からない。さらさは、手が届かないジュリエット=歌舞伎、ロミオ=幼馴染の暁也、と置き換えて欲しても手の届かないモノへの未練と無念を迫真の演技をする。しかし、幼馴染の暁也には嫉妬や羨望だけでなく、歌舞伎の師匠である魁三郎が無理やりさらさの恋人を命じたり、襲名の為に必死に努力している事も知っている。単純にロミオ=暁也と言うには乱暴過ぎるような、複雑な思いを抱えて演技している。本作の脚本は、全般的にこうしたステレオタイプにならないような複雑さを織り込んでおり、その辺りが非常に上手い。これにより、観る者の中で万華鏡の様に様々な模様を写し出す。

個人的には8話の星野回と13話最終回の杉本回が特にお気に入りであり、それぞれのキャラに深みとコクを持たせる短編小説の様な密度の濃い物語があり、話運びも綺麗。この辺りの脚本の出来の良さは、原作漫画からのではないかと想像する。これらのサブキャラも全員主役になれる何かを持っていて磨けば輝くという希望を抱かせる。また、本作は競争の現場でもあるが、ネガティブな競争ではなく切磋琢磨のポジティブな点も本作の特徴に思う。こうした深掘り回があるから、それぞれのキャラを好きになり、セッション回でもキャラの掛け合いを楽しく観れる。

本作は、入学からの1年を追う形で、来年度の生徒募集のポスター撮りシーンで、まだ続く未来を予感させて物語を終わる。ちなみに予科生は全部で40名だが、残り音34名も実力差があるわけではない。皆、仲間でありライバルである。予科生という可能性に目を輝かせる初々しさを描いて点も本作の特徴だったかも知れない。原作漫画は、まだまだ続巻があるとの事だが、1クールの綺麗に終えたシリーズ構成も良かった。

ED曲はカッコ良くてお気に入り。歌劇をイメージした曲なのだが、キャラに合わせて歌詞を変えた3バージョンがあり、キャラ、歌詞、歌唱がマッチしているというある意味、贅沢なモノ。ED曲の映像の少女マンガ風なイラストと相まって、良い味を出していた。

ラブライブ!スーパースターズ!!

  • rating ★★★★★
  • pros
    • エモさてんこ盛りの脚本と、コメディ色強めのテンポの良い演出の融合
    • 令和にアップデートしてマンネリ化を防ぎつつ、基本を押さえたラブライブらしさ
  • cons
    • 特に無し

満を持して登場した、ラブライブシリーズ最新作。2013年のμ's、2016年のサンシャインのAqoursを経て、2021年のスーパースターのLiella!と繋がる王道シリーズである。

ラブライブとしては、サンシャインと無印の間に虹ヶ咲が存在するが、こちらはグループではなくソロアイドル活動であり、スクールアイドル甲子園とも言えるラブライブ大会(=勝負)を否定した挑戦的なスタイルで、シリーズの中では例外的な存在と言ってよいだろう。本作は、サンシャインから繋がる本流のラブライブである。

シリーズ構成・脚本はお馴染み花田十輝、監督は無印の京極尚彦が戻ってきての強力な布陣。

サンシャインまでで形骸化したスクールアイドルの在り方を一部見直し、令和の現代にアップデートしている。最大の特徴は、1年生しかいない新設校で5人グループとした点。従来の3学年9人の構成からキャラを半分近くに減らした事で各キャラのドラマの深掘りが出来る。1期は高校1年生の4月から12月の東京大会までを描く事で四季の変化とともにLiella!の成長を描いた。

相変わらずエモさはてんこ盛り、コメディ色は更に強くなり、圧縮されたテンポの良い軽快な演出が冴える。この笑いのジャブと、感動の右ストレートのワンツー・コンビネーションの基本が出来ているので、見事にハマれる。

キャラ的には、主人公のかのんが今までにない属性と輝きを持ち合わせていた。ルックとしては釣り目でくるりん前髪(ゲームセンター嵐風味)が特徴。Liella!の中でも歌唱は群を抜いて上手いが、人前で歌えないというトラウマを抱えるという役どころ。好きだけど歌えない、諦めの気持ちからの脱却と解放を描く。6話で幼少期の千砂都を励まし救ったかのんの勇気。だが、その無邪気な勇気と相反する合唱で歌う怖さのコンフリクトで動けなくなってしまった小学生のかのん。11話では、その忘れていた記憶を思い出し、向き合い、再び自分の背中を押して、一人で歌う事を取り戻す。かのんはヒーローでありながら、弱点も持つ、親近感のある設定が魅力的に感じた。

個人的には、可可が一番お気に入り。上海出身でスクールアイドルに憧れて単身留学。かのんの歌声に惚れ込み、かのんを背中を押してスクールアイドル活動を開始する。上海出身の可可のキャラ立ちは、個人的に非常に頷けるものがある。というのも、以前、私の職場に居た上海出身の男性の印象と被る点が非常に多い。彼は、物怖じせず発言は直球、理不尽には断固抗議、親しい間柄の人間には尽くし、見下した人間はおちょくる。余談ながら、中国領事館も可可の中国人ぽさをツイートしているほどである。

もともと、ラブライブは、努力、友情、勝利という、令和においては、やや暑苦しいテーマを持っていた。それが同調圧力とも捉えられるため、そのままでは、ラブライブの味を存分に発揮しにくい。そこで、主人公のかのんにラブライブ熱を背負わせず、サブキャラの可可にエンジンになってもらう。その際に、この中国人っぽさが効いてくる。しかも、キュートな中国語訛りの日本語もあって、圧力をコメディに塗り替えて、浸透圧を高くする事ができる。その意味で、ラブライブに上海人の設定を考えた人は天才では無いかと思う。

他には、幼馴染でダンスが得意な千砂都、ヘタレキャラのすみれ、残念和風生徒会長の恋と、メンバーのキャラ立ちは濃すぎるほどに十分。この5人でLiella!を構成する。彼女たちは、ある意味バラバラで、思想やイデオロギーを持たず、何色にも染まっていない。白色とも違う。未来に向かって、何色にでもなれる強さを持っている。

すこし大袈裟だが、私は、Liella!はある意味でビートルズに似ていると思う。それは、各メンバーが個性的な天才でバラバラでありながら、作られた楽曲は不思議とどれもビートルズ以外の何物でも無いというところ。Liella!の魅力は、そうした力を感じさせるところだと思う。

物語としては、従来のラブライブの文法通り、主人公たちが立ち上げたスクールアイドルに一人ずつメンバーを勧誘して増やし、ラブライブ大会を目指して練習してゆくという鉄板スタイル。しかし、彼女たちは廃校阻止などの使命を持たず、自分達のために歌う、というディレクションが今風だと感じていた。

11話では、かのんが一人で歌えない事が分かり、その事に向き合って独唱ができるようになるドラマを描く。本作では内面に向かうドラマが多く、一人一人の強さをテーマにしていたと感じている。他人を頼っても依存はしない強さ。矢を束ねて強くするにも一本一本の強度がまずは大事という考え方。その意味でドラマは骨太。まずは、自分のために歌う。これは、かのんだけでなく、全員に言えるテーマである。

Liella!の由来はフランス語の「結ぶ」であり、彼女たちはメンバーを、全校生徒を、過去と未来を繋いでゆく。

12話では、ラブライブ東京大会に向けてステージ作りを全校生徒で行う。その思いを受け止めての熱唱であったが、結果は2位で全国大会出場を逃す。あっけないお祭りの終わり。シリーズを通してこれまで歌えるだけで幸せだったかのんは、生れて始めた負けの悔しさを味わう。自分一人の時は思わなかった、応援してくれた全校生徒への申し訳なさ。そして、涙をにじませ、来年こそ優勝する事を誓うLiella!。Song for me. Song for you. Song for all. 完。

私は、今まで勝ち負けよりも一緒に歌う事の楽しさを描いてきた本作が、最終話で価値観を反転させて来年こそ勝ちたい!となる事を意外に感じた。それは、虹ヶ咲がラブライブ出場を放棄したように、勝ち負けに拘らない事が今風であるという事を引き継いでいるように感じていたからである。しかし、本作はその予想を裏切ってきた。この辺りは、シリーズ構成の花田十輝の手腕だと思う。かのんがこれまで音楽大会とは無縁だった経緯の丁寧な設定も効いていて、これは明確に狙ったどんでん返しである。だからこそ、かのんの悔し涙の威力は大きい。「よりもい」でも似た感じを味わったが、今回も花田十輝脚本に完全にしてやられた。

音楽(=芸術)で順位を付け勝敗を争う事の意義については、様々なエンタメ作品で取り上げられる正解のないテーゼである。競争(=ラブライブ)を外した虹ヶ咲とは明確に異なり、本作はあくまでラブライブの本流であり、大会に出場する以上、勝ち負けは避けては通れない。

明確にラブライブ優勝を目標に掲げて挑戦する事になる2期のLiella!。その先にある物語が勝ちだけに拘らず、今まで通りの楽しさ、甘やかしじゃない友情、そして繋がりを大切にしてくれる事を願う。

東京大会2位という結末は可可の強制送還を発動させるのか? 年度変わって新1年生のLiella!加入はあるのか? など気になるネタを残しながら、ゆるりと2期を期待して待つ、と言ったところである。

月が導く異世界道中

  • rating ★★★☆☆
  • pros
    • もはや懐かしいと言える、80年代感じるキャラデザや掛け合い漫才
  • cons
    • 自由過ぎて見所多彩であるがゆえに、どのジャンルの話か身構えられず、観にくいと感じたテーマとシリーズ構成

本作は、作画、演出などのアニメーションとしての出来は良いのだが、設定や文芸面が変化球勝負の作品だったと思う。

基本的には、異世界転生。主人公の真が転生先で巴と澪という強力で美人のお供を連れて世直し道中する、というのが骨格。西洋風ではなく、水戸黄門という和風テンプレートを使う点が新しい。

悪人退治の爽快アクション活劇あり、美人のお供のお色気あり、という痛快エンタメの側面があるが、本作はこれだけでない。主人公の真は亜空の数種類の種族の住民を束ねる君主としての役割もあり、君主論的な描写もある。さらには、いつもの温厚な性格の裏に潜む、おびただしいほどの魔力。怒りの衝動に我を忘れて鬼の様な殺戮をしてしまうバーサーカー的な内面も。

ところで、本作が水戸黄門スタイルと言う事もあり、悪役を成敗する部分は本作の肝である。その悪役が美男美女しか居ないというヒューマン族というのが面白いと感じた。

真は、顔がブサイクという理由で転生直後に勇者ではなくへき地に落とされたダークヒーローでもある。真が束ねる事になった亜空の住民たちは、ブタやドワーフやドラゴンやアルケーなどであり、ある意味、容姿としては醜い部類である。これに対し、西洋人的な美男美女ばかりのヒューマンが悪役だったりする。要するに、容姿と心の美しさ醜さが逆転している構図である(ただし、ヒューマンにも良い人はいる)。もしかしたら、亜空の住民たちは西洋人から観た東洋人の暗喩なのかもしれない。

キャラデザは、「うる星やつら」を連想させるような80年代テイスト。ギャグ的な台詞も散りばめられており、シリアスとのメリハリを付けている。魔法や異世界設定や描写は、丁寧に考えられていて説明も細かい。アクションシーンの作画や演出なども迫力あるモノ。総じて、良く出来きており、アニメーションとしてのレベルはそこそこ高い。

ルックの通りにコメディ要素(真のモノローグ突っ込みなど)もあり、その辺りの口当たりは良い。

しかし、文芸面では、各話で見せ所が違うと言うか、活劇、国作り、ビジネスサクセスストーリー、ダークヒーローなど、要素多彩がゆえに、観る方も身構えられず、散漫で楽しみにくい。定食屋の日替わりランチが、和食、フレンチ、中華、イタリアンのいずれなのか、料理が出されるまで分からないロシアンルーレットみたいなモノである。

このように本作には、描きたいと思われる要素が多数あり、シンプルな活劇を予想して視聴した私としては少なからず面食らった。この雑多感は、本作の狙いであり魅力なのだろうが、個人的には焦点を定めきれず、とにかく見にくかったというのが、率直な印象である。

天官賜福

  • rating ★★★☆☆
  • pros
    • 綺麗で迫力ある手描き2Dアニメの映像
    • 色気ある絵の芝居
  • cons
    • キャラ名の発音を覚えられなかったり、神様設定を理解出来ず、ところどころ話に付いていけなくなったところ

本作は、中国で制作された、歴史ファンタジーアニメである。日本では、アニプレックスが日本語吹き替え、OP/ED作成を行っている。

羅小黒戦記など、中国製のアニメーションの躍進も記憶に新しいが、個人的には中国のエンターテインメントの文芸面に興味があり視聴した。

まず、目を見張るのがアニメーションとしての出来の良さである。アクションシーンの作画や演出は迫力があり、なおかつ情緒もある美しいモノ。2Dアニメではこれまで日本の独壇場だと思っていたが、本作はその辺りも全く見劣りしない。ただし、全話が神作画というわけではなく、後半は話数によっては作画はダレてきていた。無数の毒蛇が3DCGで描かれるシーンは、日本製の手描き2D+3DCGを見慣れた目からすると違和感が多く、この辺りは課題であると感じた。

本作では、神様は基本的に天界にいるものの、一部の神様は地上で人間と共に暮している。そして、神様は美男美女と相場が決まっている。面白いのは天界の神様たちは、プライドが高く互いに絵牽制し合っている。神様だからと言って、お釈迦様の様に大きな心で世界を見守っている訳ではなく、人間と同じような世知辛い生き方をしている。

主人公の謝憐(シエ・リン)は、出世欲の無く優しい人柄の神様。信者がおらず、徳を積むための修行で地上に降りて来た。とりあえず、天界から南風(ナンフー)と扶揺(フーヤオ)という二人のお供が付いてきて、人間界に起きた事件を解決するという、水戸黄門スタイル。ここに、途中から謎の紅い美少年三郎(サンラン)も加わって物語は進む。

本作は、ぶっちゃけ謝憐の「受け」と三郎の「責め」のBL的な雰囲気満載で描かれるのが特徴。とにかく、この二人の男同士の思わせぶりなシーンが多い。この作風もあり、美男美女の色気漂う仕草は上手い。

物語は、怪奇現象を解明し化け物を退治をミステリー形式で進行させてゆく。1クールの中で2件の事件を解決というゆったりペースなので、各話のキャラの魅力を描くには適したスタイルに感じた。事件の真相は、届かぬ恋愛を拗らせて怨念が人間を襲うとかの物語であり、古典とも言える。しかしながら、幾重にも要素を重ねて物語が単調になないような工夫がなされていると感じた。

さて、大枠はこんな感じの作風だが、本作はいくつかの見ずらい要因を持っていた。

1つ目は、キャラの名前を覚えにくい点。

普通、自国の作品を観る時はキャラ名をすぐ覚えられるが、日本人が中国語のキャラの音だけ聞いても、なかなかキャラと一致させられなかった。考えてみると、公式HPなどのキャラ紹介を事前に見たりするのだが、無意識に漢字で覚えてしまっており、いざ耳で聞いた時に一致せずに、誰だっけ? となってしまっていた。恐らく、英語のキャラ名ならなんとなくカタカナで覚えられるのだが、中国語となるとなまじ漢字表記があるだけに、その罠にハマりやすい。しかも、三郎に関しては、別名である「ホワチョン」とか「ケツウタンカ」などの別名があり、さらにややこしくなる。これについては、ぶっちゃけ、ネタバレ覚悟でネット上の用語集などを頼りに、キャラ名を確認しながら観た方が楽しめると感じた(実際、私は途中からそうしていた)。

2つ目は、神様の設定が直感的に分かりにくい点。

中国人なら幼少期から浸透していて、違和感なく理解できるのだろうが、その予備知識を持たないと、どの神様とどの神様が仲が悪いとか、この昔話は何をモチーフにしているとかを、パッと出されても理解が追いつかない。前述のキャラの名前が分からない、という点も大きく作用している。更に、本作は事件をミステリー形式で解いて行く物語でもあるから、ずっと引っ張て来た疑惑の最期の答え合わせで、知らない神様が出て来て、良く分からない単語を喋って一件落着、とされても置いてけぼりで困惑しかない、という事があった。これについても、SNSで見かけた人物相関図によりやっと理解出来た、という感じである。

キャラや神様の設定さえ理解していれば、文芸的に悪い物語では無いと思うが、視聴していてそこまで理解が追いつかない点が、私にとっては難しく歯がゆい作品だった。これは作品自体の善し悪しというより、海外展開時の作風の相性と考えた方が良いと思う。逆に国際商品力を高めるために、尖っている部分を丸めたり、妙に説明過多にしたりするよりも、ドメスティックな感性で作品作りをしている点は、良い事に思う。

マギアレコード 2nd Season -覚醒前夜- (2021.11.10追記)

  • rating ★★★☆☆
  • pros
    • 2期をやちよと鶴乃の救済の物語として成立させてくれた事
  • cons
    • 低コスト、リソース不足感を感じさせる煮詰めの甘さ
    • 「マギウスの翼」についての描写の弱さ
    • 取って付けた感のある、見滝原組の登場

まずは、各話メモとあらすじから。

話数 サブタイトル メモ
1話 『みんなでなら魔法少女になれる気がしたの』 見滝原組。ほむら、ういの「神浜市に来て」聞く
2話 『あなたとは少しも似てなんかない』 やちよのいろは探し。ねむの依頼で黒江いろは保護。みふゆやちよドッペル対決。いろはドッペル
3話 『持ちきれないほどあったでしょ』 いろはのドッペル結界。夢よりも現実(=他者との関り)の選択
4話 『お前はそれでいいのかよ』 いろは黒江ホテルフェントホープへ。レナかえで合流。魔女プラント。かえでドッペル暴走カプセル化
5話 『もう誰も許さない』 杏子とフェリシアさな合流。エンブリオイブ覚醒作戦。呑んだくれみふゆとフェリシアさな。キュレーションフェントホープ。灯花誰も許さない。いろは逃がす黒江、環さんや七海さんに追いつき変わりたい
6話 『私にしかできないことです』 過去に囚われの黒江。フェリシアさなマギウス脱退。みふゆ鶴乃任せて。やちよとまどかさやかほむら合流。アリナ抜ける。いろは杏子合流、突入。やちよ達合流
7話 『何も知らないじゃない』 噂と融合したマミと鶴乃。フェリシアさな合流。誰にも頼らないやちよ、反発フェリシア。調整屋みたまにももこみふゆに依頼。本心を知るのが怖い。心を閉ざすのが調整屋。ももこ私が背負う。助言は、相手に同調(=コネクト)して攻撃。やちよvs鶴乃、切り離し失敗
8話 『強くなんかねーだろ』 弱気やちよ。舞台、回想。メル死亡、鶴乃自責、やちよが追い込んだ、頼られてない、強くならなきゃ、精神的孤立、カラ元気、疲れた。強がらず、弱いまま、支え合いたい。ももこやちよ合流。鶴乃救出、マミ救出成功。過去に飲み込まれる黒江。灯花ねむ、いろは再会、真実を語りだすねむ。

1期の最後は、結果的に自分のせいで仲間が犠牲になったのではないか。と悩むやちよ。それを否定するいろはだが、戦いの中で行方不明に。不穏に勢力を拡大するマギウスの翼。といういい所で終わった。

2期は、やちよ黒江がいろはを助け出し、いろは黒江が敵本拠地に乗り込むが、マギウスの翼のエンブリオイブ覚醒作成が始動。いろはとやちよの元にみかづき荘のみんな、神浜組が集結しマギウスの翼との決戦。最終的に、噂と融合してしまった鶴乃とマミを元通りに戻し、エンブリオイブ覚醒作戦を阻止。一方、黒江はやちよいろはの支え合いの強さに触れ、自分自身もそう変わりたいと願い奮起するも、孤立状態で過去の自分に呑み込まれ闇落ち。いろはは、灯花ねむと再会し、ねむによる真実語りが始まる。という所で終わる。

この流れなら、2021年12月にあるという、3期のポイントは、ういの謎と黒江の救済だろう。

ネガ意見からで恐縮だが、とにかく本作は不満を多く感じた。

1つ目は、キャラの心情変化が感突に感じられる事が多い点。2期のプロット自体は、あらすじに記載した通り悪くはないし、筋は通っているとは思う。しかし、その描写が不足しているのか、煮詰めが足りないのか、肝心のキャラの心情変化が感突で、いかにも事務処理的にイベントを処理しているだけに思えてしまう。具体的には、8話のみたまの心情変化。みたまは調整屋として、魔法少女達が目の前で悲劇に会っても、心のブラインドを降ろし、現実から目をそらす事で自分自身のメンタル破壊の危機から逃れていた。ももこがかえでの救済を頼んでも助けてくれない。ここで、ももこが「(みたまの苦しみを)私が全部背負うから」の発言を受けて、みたまが心を開いて協力してくれるという心情変化があった。しかし、話の流れは理解できるが、ここに書いてある以上の情報も無く、説得力に欠ける。ももこの言葉が、蓄積されたみたまの苦しみをひっくり返すロジックが欲しい。これは、一例だが、一時が万事、ロジック不足な印象を受ける。

本来、こうしたロジックは、脚本会議などで煮詰めて解像度を上げて行くものであろう。シリーズ構成が1期の劇団イヌカレーさんから、2期では高山カツヒコさんに変更になった。脚本も同様だが、1期の脚本は小川楓さんと劇団イヌカレーさんの共同脚本となっていた。単純に脚本家が悪いと言いたいわけではない。一般的にこのような作り込みは、クリエイターの粘り強さが必要であり、コストと時間がかかる。しかし、その辺りに時間が割けていないように思われる。これは、制作時のコスト面の問題の可能性がある。もしかしたら、2022年に上映予定の劇場版『ワルプルギスの廻天』にリソースを割いているのかもしれない。もちろん、これは想像でしかないが、そうした「やっつけ仕事」を感じずにはいられない点を残念に思った。

2つ目は、マギウスの翼の崩壊についての描写が弱い。2期は新興宗教とも言えるマギウスの翼の組織的な力に対抗する、個々人の構図だったと思うが、その巨大な組織が崩壊した理由が良く分からない。エンブリオイブ覚醒作戦が全てを破壊する最後のオペレーションであり、ねむや灯花もその先の事は考えていなかった、というオチなのかも知れないが、エンブリオイブ覚醒作成が失敗するロジックが良く分からない。上陸するはずだったワルプルギスはなぜコースがそれたのか? それを食らう予定だったエンブリオイブは最終的にどうなったのか? マギウスの翼に組織に属していた魔法少女やドッペル化した魔法少女は最終的にどうなったのか? 

最終的に物語の焦点を、鶴乃とやちよの和解とみかずき荘の再結成にしたい意図は理解する。しかし、マギレコ自体がマギウスの翼の不気味な恐怖を描いてきており、マギウスの翼とは何だったのか?、マギウスの翼は何故崩壊したのか?、というロジックをきっちり提示して欲しかった。

3つ目は、せっかく登場させた見滝原組の必然性が感じられなかった点。あらすじで書いた通り、見滝原組は2期において、重要な役割をはたしていない。まどかたちを登場させたというのは、古くからのファンへのサービスとか、2022年に上映要諦の劇場版への地ならしとか、そうした意味合いにしか感じられない。確かに、まどかたちが登場して嬉しい気持ちは分かるが、ストイックに考えるなら、そこを削っても、みかずき荘のメンツや、マギウスの翼の描写の深みを深掘りして欲しかった気持ちはある。

4つ目は、アクションシーンの動画がこなせていない。2期でもアクションシーンは派手ではあったし作画的には頑張っていたと思う。しかし、動画で動かせていないため、ヌルヌルした動きにはなっておらず、パラパラと動く印象だった。この点も、コスト見合いなところであろう。そこを、劇場版のクオリティでヌルヌル動かしたら、コストが足りないという事になるのかも知れない。しかし、なまじまどマギや同時期放送の他の作品がヌルヌル動いているのをみたら、物足りなくなってしまうところではある。

次に、ポジ意見も少し。

物語的に、やちよと鶴乃の救済をキッチリと描いてくれた事は良かったと思う。やちよは、仲間を作っても自分だけが生き残り、自分が死神ではないかという疑念の中、仲間を作る事を避けて来た経緯がある。強くなければ生き残れないが、自分自身にも他人にも強さを強要してしまうという状況で、鶴乃は壊れてしまった。ここで、いろはの自分を捨てても他人に寄り添う力がやちよに作用する。他人の弱さ、自分の弱さを認めて助け合う。2期で登場したコネクトの概念がそれである。やちよは鶴乃救出を一度は失敗するも、最終的には二人はやり直す事が出来た。やちよも鶴乃も救済されて2期は終わる。

私自身はキャラの心情に注視して作品を観ているため、風呂敷を畳み切れない伏線があっても、キャラの物語として成立していればとりあえずOK、としてしまうところはある。

最後に、本作についての総括について。

ソシャゲのキャラを好きになってもらうタイプのアニメ化作品であり、本家のまどマギのテイストをふんだんに生かしながらマギウスの翼と言う新興宗教的な組織や、ドッペルなどの設定も盛り込んだ物語のポテンシャルの高さはあったと思うが、それが取っ散らかってしまった感はぬぐえない。キャラデザや、陰影のあるキャラの内面は、個人的に好きであったし、味のある劇団イヌカレーテイストも好きではあったが、全体的に1期よりもアート的なマギレコらしさは軽減して、普通のアニメになってしまった感はある。おそらく、3期で起死回生の逆転ホームランというのは難しそうである。

かなり、辛口になってしまったが、1期のポテンシャルの高さを考えると、2期のコストやリソース不足を感じさせるクオリティを残念と言わざるおえない。

おわりに

今期は、メイドラゴン2期、アクアトープ、かげきしょうじょがそれぞれに甲乙つけがたい感じで良かったです。逆に、断トツでドハマりした作品はありませんでした。

かげきしょうじょは原作漫画からだと思いますが、サブキャラ担当回が一編の短編小説の様な完成度で良かったですし、より複雑な要素も配置していて、良い感じの余韻が得られた脚本でした。

アクアトープは、朝ドラ風味の清涼感ある作風で、変にネガティブな人はおらず、気持ち良くみれる工夫がなされたシリーズ構成・脚本に感じました。

メイドラゴンは、1期から続く、ハイクオリティな作画・動画・演出に打ちのめされる作風ですが、シリーズ構成的に俯瞰でみても、1期とはまた違ったテーマを感じる事が出来きましたし、何よりもキャラに優しくなった感じがして、これはこれで心地よく楽しめました。

そんな中、ラブライブスーパースターの追い上げが凄かったです。1か月遅れての放送開始という事もあり、他作品が最終回で終わった後で、ラストに向けて盛り上がる流れにやられました。ラブライブは、どうせいつもの廃校阻止のためキラキラ輝くために、努力・友情・勝利って暑苦しいヤツでしょ? という先入観に対し、イイ感じで外してきたり、ド直球を投げ込んできたりで、脚本・シリーズ構成の花田さんに、またも翻弄されてエモさトラップにハマりました。

また、今期は脚本的にクセがありそうな作品もチェックしていたのですが、当たりもあれば外れもあり、という感じのクールでした。