たいやき姫のひとり旅

アニメ感想など…

青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない

ネタバレ全開につき、閲覧ご注意ください。

はじめに

おでかけシスターの映画を観たので、いつも通りの感想・考察を書きました。

映画とは言っても、ルックはTVシリーズのままで74分の比較的短い尺でしたので、OVAと言うべきなのかもしれません。本作もまた他の青ブタシリーズ同様に、地味ながら味わい深い良作だったと思います。

感想・考察

本作の位置づけと概要

原作小説(高校生編)は、下記の順番で出版されている。

No タイトル アニメ 備考
1 青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない 1~3話
2 青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ない 4~6話
3 青春ブタ野郎はロジカルウィッチの夢を見ない 7~8話
4 青春ブタ野郎はシスコンアイドルの夢を見ない 9~10話
5 青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ない 11~13話
6 青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない 劇場版ゆめみる(一部13話)
7 青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ない 劇場版ゆめみる
8 青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ない 劇場版おでかけ
9 青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ない 劇場版ランドセル 2023年12月公開予定

青ブタ(高校生編)はハツコイ少女で咲太の問題のクライマックスを迎えて、いったん区切りが付く。おでかけシスターとランドセルガールは、その後に起きる後日談的な位置付けだと考えていいだろう。

本作は、記憶の戻った花楓が主人公であり、テーマは高校受験(=進路問題)である。

かえでから花楓へ

11話から13話の「おるすばん妹」の回は、花楓の記憶が戻り、かえでが喪失する物語だった。かえでの一番の理解者であった咲太の気が動転し、大人祥子が咲太を慰めた。

かえでと花楓が同時には存在することはなく、二人が出会うハズもない。しかし、かえでのノート(=記録)だけは花楓が受け取った。

花楓は思春期症候群のキッカケとなったいじめによるストレスも残っているから、急に中学校に復帰するわけにもいかない。2年前の記憶を失ったところから花楓は人生を継続(再開)する事になる。しかし、花楓にとって2年間のブランクがあり、その間に住居も家族の様子もすっかり変わってしまった。これは、浦島太郎が竜宮城から戻って来たみたいなものだろう。

母親が花楓の思春期症候群のせいでメンタル不調となり父親が面倒をみているため、親子別居になっていた。兄の咲太は気持ち悪いくらいに優しくなり、恋人の麻衣さんは美人なタレントだし、聡明な妹ののどかとも交流があり、みんなが親切にしてくれる。

なお、学力だけはかえでの勉強が引き継がれるというご都合設定はあり、なんとか中学卒業はできそうという状況下で、中学卒業後の進路選択が迫る。

花楓の葛藤

本作では、花楓にとって頑張り屋だったかえでがプレッシャーになっていた。

花楓がかえでの事を意識するのは自然なことだろう。作劇場はまったくの別人格だったが、もう一人の自分(自分の可能性)と考えると他人事ではない。花楓がかえでのノートを預かっていたのは、かえでの分まで生きるというニュアンスを含んでのことだろう。ある意味、かえでのノートが花楓の勇気になっていた。

ノートに書かれたかえでの文字は小学生みたいに稚拙である。その文字で細かく目標を書き込み、ステップアップしながらできる事を増やしてきた。花楓がどこまで知っていたかは分らないが、かえでが頑張り屋である事は十分に伝わる。なにせ、外出恐怖症なのはまったく同じなのだから。

だから花楓は、かえでの願いを受けて峰ヶ原高校に行きたいと願い、行かなければならないと思い込んだ。学力については受験勉強を必死で頑張った。周囲のみんなが勉強を手伝ってくれたおかげもある。これで不合格だとみんなに会わせる顔がない。

しかし、受験の願書提出でも手にあざが広がり、受験当日は昼休みに同じ中学の制服の受験生を見たら耐えられなくなり倒れてしまった。

花楓はかえでの願いに、咲太やみんなの期待に応えきれず裏切ってしまったという自己否定で動けなくなってしまった。

ちなみに、これはかえでが中学校に行きたいのに電柱が邪魔をして前に進めないというシーンと同じで、気持ちはやりたいが心が拒絶してできないパターンである。

花楓の問題点の整理

物語における花楓の問題点を下記に整理した。なお、水色が理想であり、ピンク色が現実である。

花楓のモチベーションの基本は、かえでの分まで生きたいというところにあったのではないかと思う。それを受けての峰ヶ原高校受験だが、学力的な問題は努力でなんとかなったが、本質的にいじめのトラウマを克服する事は努力ではできない。やりたい、けどできない。ここで挫折を味わうことになる。

そして、もう一つの選択肢である通信制高校への進学を選択する事になるが、ここで花楓にいくつかの気持ちの整理が必要になる。そこで、咲太は通信制高校に在学する現役アイドルの広川卯月から現場の声を聞かせる。

花楓の自己肯定感の低さの要因はいくつかある。目標の普通高校に行けなかった負け組というレッテルについては、通信制高校でも生き生きと現役アイドルをしている卯月の存在を見せ、高校で勝ち負けは決まらない事を理解してもらう。そして、いじめ被害者であった過去の自分に対しても、過去の自分があってこその現在であり、過去を否定せずに好きと肯定する。この2つは、今から訪れる高校時代の花楓を肯定するものでもあり、それは大人になった未来の花楓にとっても高校時代の花楓を「好き」と言える予感を示す言葉でもある。

そして、かえでの分まで生きたいという気持ちに対しては、かえでのための人生じゃなく、自尊心を持って花楓の人生を生きればいい事を理解してもらう。これもまた自己肯定感の低さからの脱却である。

作中では、通信制高校に対する説明会やプロモーションビデオでネガなイメージを払拭するための説明にかなりの尺をとっていたと思う。しかし、それらの長々とした説明よりも、卯月の言った「過去の自分も好き(=肯定)」という言葉が花楓の心を塗り替えていったように感じた。

少し深読みになってしまうが、これは直接的にはいじめられていた過去の花楓の肯定であり、さらにはかえでの肯定(=好き)でもあるように思う。入試当日、保健室で感情をぶちまけた花楓は、みんなが好いているのは頑張り屋のかえで、試験で失敗してしまう花楓はかえでのように愛されない(=否定)と考えてしまっていた。つまり、花楓はかえでに嫉妬し自分を蔑んだ。だから、今一度、かえでを肯定して好きになる事が必要なんじゃないか、と感じた。

咲太の動揺

今回の咲太の兄としての対応力、懐の深さには驚かされる。

咲太は注意深く、花楓の進路は花楓の意思を尊重しつつ受験勉強に集中させ、こっそりと通信制高校というバックアッププランも検討し情報収集と準備を進めていた。結果的にバックアッププランに進む事になるが、その際ものどかを通して卯月に現場の説明を依頼する。

いつも余裕で完璧すぎる兄を演じているが、唯一、咲太が驚き焦るシーンがあった。それは、本作のクライマックスとなる入試当日の保健室の花楓の叫びを聞くシーンである。花楓の峰ヶ原高校を第一志望にした理由が、かえでが願い事だったからという事に気付けなかった。その結果、花楓を追い込んでしまった。完全に盲点だったのだろう。

こうなる事が分っていたら、おそらく咲太はかえでのノートを花楓に渡さなかっただろう、という後悔に感じた。

普通の人である、花楓を主人公にしてくれたこと

本作は、青ブタシリーズの中でもトリッキーな思春期症候群を解決するための物語ではなく、誰にでも経験のあろう高校受験というイベントで、飛び道具なしで花楓のドラマを描き切ってくれた事が新しい。

ドラマとしては、花楓が願書を提出するシーン、入試当日の保健室のシーンの盛り上がりの演出の強いシーンもあるが、基本的には花楓の挫折と心のケアを真面目に描いていた事に好感を持てた。地味ながら心にしみる良作だったと思う。

これも青ブタシリーズという枠組みがあってからこそ、地味とも言えるテーマをアニメ化できたモノと思う。通常のオリジナルアニメでこのような企画が通ることはまずないだろう。その意味で、青ブタシリーズという作品と原作者、およびアニメスタッフには感謝しかない。

おわりに

それにしても、原作の鴨志田一先生のキャラ掘り下げの丁寧さには頭が下がります。かえでの問題が一段落して登場した花楓に、こんなドラマを作ってくれるとは。想像の上を超えてました。

アニメーションとしては従来通りの青ブタであり目新しさはなく、物語は地味だとは思いますが、丁寧なドラマ作りの良作だったと思います。